第14話 同盟、組みませんか
《ねえ、この三つ目の印、位置がずれてない? 私の観測だと、もう少し東なんだけど》
染みの調査を再開してから、アルカナさんとのやり取りは、毎晩になっていた。鳥の偵察記録と、影の観測。互いの情報を突き合わせて、地図に印を足していく。
そして、印は、増え始めていた。古い発生域の周りに、小さな違和感が、一つ、また一つ。
……速い。
この速さで広がるなら、確認が一日遅れるだけで、地図が古くなる。
〈えっと、鳥の報告だと、川の二本目の曲がりの近くで……〉
《川のどっち岸?》
〈右……いや、鳥から見て右だから……〉
《それ、どっちから飛んでたのよ》
……文字だと、遅い。
地図を、隣で一緒に見られたら。指で、ここ、って差せたら。一回で終わる話なのに。
画面の向こうとこちらで、別々の地図を見ながら、言葉だけで座標を合わせる。伝わらない。もどかしい。
その夜、やり取りを終えた後、一人で、考えていた。
方法は、ある。知っている。
同盟。締結すれば、転移が解放される。同じ地図を、隣で見られる。
でも。
アルカナさんの言葉を、覚えている。
私、ああいうのは、信用してないの。記録に残るし、切れた時が、面倒だし。
通信ログを開いて、その言葉を、読み返した。三回、読んだ。
断られる、かもしれない。
断られたら。
……胸の奥が、きゅっとなった。切られた時の、あの表示を、思い出したからだ。《この通信は、接続できません》。あれをもう一回、別の形で見ることになったら。
画面を、閉じかけた。
……ううん。
閉じかけた手を、止めた。
観察して、確率を数えて、それで分かった気になるの、やめたんだった。ログを何回読んでも、アルカナさんの答えは、ログの中にはない。
聞かなきゃ、分からない。
通信欄を、もう一度、開いた。
〈アルカナさん〉
《なに? まだ何かあった?》
指が、少しだけ、震えた。
〈同盟、組みませんか〉
送った。
送ってしまった。
返信が、来ない。
一呼吸。二呼吸。画面の文字は、動かない。
《……考えさせて》
……。
考えさせて。
それは、断り文句にも、聞こえる言葉だった。大人が使う、優しい断り方。分かってる。分かってるけど、指が、次の言葉を打てなかった。
〈はい〉
返信は、来なかった。
指は、動かなかった。
閉じた後の部屋が、静かだった。
コハクを膝に乗せて、撫でた。撫でながら、さっきの自分の文字を、思い出していた。同盟、組みませんか。たった一言なのに、あんなに、重かった。
断られたら、どうしよう。
……ううん。断られても、調査は続けられる。今まで通り、文字で。何も、失うわけじゃない。
そう、頭では、並べられるのに。
胸の方が、言うことを聞かなかった。
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着信音が鳴ったのは、寝る支度を終えた頃だった。
飛びつくように、画面を開いた。
《さっきの話だけど》
《私、同盟っていうものを、信用してないの。それは、言ったわよね》
〈……はい〉
ゆっくり、読んだ。
やっぱり、だめか。そう思いかけた時、続きが、来た。
《でもね。さっき、ちょっと考えたの。私が信用してないのは、同盟っていう仕組み? それとも——組む相手?》
《仕組みは、今も信用してないわ。でも》
少しの、間。
《あなたのことは、別に、疑ってないのよね。……悔しいけど》
画面を、見つめた。
《いいわ。組みましょう》
息が、止まった。
〈ほんとですか!〉
《ええ。……言っておくけど、主義を曲げたんじゃないわよ。主義っていうのは、例外を見つけるために、あるの》
〈ふふ……はい!〉
《明日、締結して——そのまま、そっちに行くわ。地図くらい、自分の目で確認しないと、気が済まないもの》
〈はい! あ、お茶、用意しておきますね〉
《あら。じゃあ、お茶請けは私が持っていくわ。あなた、甘いの平気?》
〈大好きです〉
《ん、覚えた。——じゃ、また明日。おやすみ、ルナリア》
〈おやすみなさい、アルカナさん!〉
通信が切れた後も、しばらく、画面を見ていた。
膝の上のコハクが、不思議そうに、こちらを見上げる。
「……えへへ」
変な声が出て、そのまま、コハクを、ぎゅっと抱きしめた。
顔を上げると、壁の地図が、目に入った。黒い点は、今日も、そこにある。
明日からは、二人で、追える。
……きっと、間に合わせる。
聞いて、よかった。
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