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第15話 影のある場所


 朝、通知が鳴った。


 《同盟が締結されました:精霊の遊庭——暗幽の廃城》


 画面を見つめて、一回、深呼吸をした。


 お客さんは、毎日来る。でも、招いたお客さんは、初めてだ。


 昼前、転移の光が、住居エリアの入口に立った。


 光が解けると、黒いドレスの人が、立っていた。動きやすそうな、飾りの少ない黒。黒い髪に、黒い目。表情は——ほとんど、ない。


「……ふうん」


 アルカナさんは、私を、上から下まで見た。


「思ってたより、小さいのね」


「そ、そうですか……?」


「文字だと、分からないものね」


 それから、部屋を見回した。


「それと、思ってたより、狭いところに住んでるのね」


「えへへ……あ、どうぞ、こっちです」


 声が、やわらかい。


 文字で話していた時、勝手に想像していた声より、ずっと。表情は動かないのに、声だけ、ちゃんと温度がある。


---


 壁の地図の前に、二人で立った。


 アルカナさんは、長いこと、黙って地図を見ていた。


「……これ、全部、自分で?」


「うん。鳥たちの報告を、少しずつ」


「ふうん」


 それだけ言って、また黙る。でも、目が、地図の線を一本ずつ、なぞっているのが分かった。


「ここ。私の観測と、ずれてた印」


「あ、これ。川の二本目の曲がりの——」


「ここでしょ」


 アルカナさんの指が、迷わず、一点を差した。


「……そこです」


 一回で、終わった。


 三日かかっていた話が、一回で。指で差せるって、こんなに早いんだ。


 染みの印を、二人で突き合わせた。私の鳥の報告と、アルカナさんの影の観測。重なる場所と、片方にしかない場所。地図の上が、少しずつ、二人分の目になっていく。


「……ねえ。この街、名前が書いてないけど」


「あ。ムンスートの街です。いつも『街』って呼んでるから、つい」


「書きなさいよ。地図なんだから」


 言われて、書き込んだ。ムンスート。自分の地図に、初めて、街の名前が載った。


---


 調査の話が終わって、お茶にした。


 アルカナさんは、包みから、小さな焼き菓子を出した。木の実の載った、甘い匂いのするやつ。


「約束だから」


「わあ……ありがとうございます!」


 コハクが、匂いにつられて、アルカナさんの足元に寄っていった。


 あ、と思った。初対面の人は、怖がるかもしれない。


 アルカナさんは、無表情のまま、コハクを見下ろして——それから、何も言わずに、焼き菓子のかけらを、小さく割って差し出した。


 コハクが、尻尾を振った。


「……いいの、あげちゃって」


「子供の分は、別に包んできたわ」


 ……この人、ちゃんと、コハクの分まで考えて来てくれたんだ。


 無表情のまま、膝の上に乗ってきたコハクを、拒まない人だった。


---


 帰り際、アルカナさんは、もう一度、私を上から下まで見た。


「ねえ。あなた、その服しか持ってないの」


「え? ……うん。これ、着心地いいし」


「……あなた、アバターで外に出る予定は」


「えっと……あんまり、ない、です」


「…………」


 沈黙が、長かった。


「たまには、出なさい。それと、服くらい、買いなさい。年頃の子でしょう」


「で、でも、ダンジョンにいると、あんまり……」


「アバター、あるでしょ」


 アルカナさんは、当たり前みたいに、言った。


「今度、ムンスートに行くわよ。買い物。付き合いなさい」


 ……え。


「一緒に、行ってくれるんですか?」


「地図に載せたんだから、自分の目でも見ておきたいのよ。それだけ」


 それだけ、と言いながら、アルカナさんは、少しだけ、目をそらした。


「行きます! 行きたいです!」


「……声が大きいわよ」


 転移の光に包まれる直前、アルカナさんは、小さく言った。


「じゃ、また。……お茶、おいしかったわ」


 光が消えて、部屋が静かになった。


 コハクを抱き上げて、地図の前に立った。


 書き込んだばかりの、ムンスートの文字を、指で、なぞる。


 今度は、鳥の目じゃない。


 私の目で、見に行く。アルカナさんと、一緒に。


「……ふふ」


 楽しみが、一個、増えた。


お読み頂きありがとうございます。

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