第16話 渇き
アルカナさんとの買い物の約束から、数日。
調査は続いている。染みは、動いていない。静かなままの地図を、毎晩、二人分の目で確かめる日々だった。
その日の昼過ぎ、ふと思い出した。
SPの使い道が、宙に浮いたままだった。
「コアさん、レベルの画面、もう一回見せて」
どうせまだ、余白のままだろうけど。そう思いながら開いた画面に——
《DコアLv:4》
《次のレベル:Lv5 情報拡張》
《必要SP:30》
「…………え?」
ある。
あの余白に、Lv5が、ある。
「コアさん! これ、あるよ! Lv5!」
《……確認しました》
「前はなかったよね? 私、ちゃんと見たよね?」
《……はい。前回確認時には、表示されていませんでした》
「なんで急に?」
少しの間があった。
《……ルナリアとの会話ログを、参照しています》
「会話ログ?」
《……はい》
「……それが、条件ってこと?」
《……詳細は、不明です》
会話ログ。私とコアさんの、今までの話。おはようとか、おやすみとか、作戦会議とか、くだらない雑談とか。
それを参照して、レベルが現れる。
「……よく分かんないけど」
分かんないけど、なんだか、ちょっと嬉しい。
それから、画面の《Lv5》の文字を、もう一度、見た。
——欲しい、と思った。
理由より先に、体の奥が、そう言った。
役に立つとか、立たないとか、そういう計算の、もっと手前。喉が渇いた時に水が欲しいのと、同じ場所から来る、欲しい。
……なんでだろう。昔から、そうだ。この項目だけ、見ると、欲しくなる。
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必要SP、30。
残高は56。使えば、26になる。
Dランクに上がったばかりで、新しい設備の解禁もこれから来る。SPの使い道は、他にいくらでもある。防衛を厚くする選択肢もある。染みの調査だって、続いている。目に見える戦力に振るべきだという計算も、成り立つ。
戦力も増えない。防衛も固くならない。何の役に立つのかも、よく分からない。
昔、掲示板で見た言葉を思い出す。デビューしたばかりの頃、初めて掲示板を開いた日の。
——コアレベル上げてる人いる? 意味なくない?
少しだけ、笑った。
「うん。……いるよ、ここに」
無駄だと言われても、上げるのだ。
最初からずっと、そうしてきた。
「コアさん、Lv5にするね」
《……SP30を消費します。よろしいですか》
「うん」
押した。
押す瞬間、指は、少しも迷わなかった。
……たぶん、この先、Lv6が現れても、Lv7が現れても、私は迷わない。
それが、ほんの少しだけ、自分でも、不思議だった。
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コアの間の水晶が、内側から、ゆっくりと明るくなった。
いつもの青白い光に、一瞬だけ、金色が混ざる。光の粒が、部屋の空気の中をゆっくり昇って、消えた。
《DコアLv5:情報拡張》
《解禁:侵入者詳細情報》
《解禁:他ダンジョン公開情報の拡張》
《解禁:観測通知》
「……コアさん、大丈夫? どこか変わった感じ、する?」
《……視野が、広がりました》
声は、いつものコアさんだった。でも、ほんの少しだけ、返答が早くなった気がした。
《……ルナリア》
「ん?」
《……このレベルの解禁条件は、あなたとの会話の記録でした》
「うん、そう言ってたね」
《……つまり、おはよう、や、おやすみ、や、作戦と関係のない話が、条件だったということになります》
コアさんは、そこで少しだけ、間を置いた。
《……無駄では、なかったようです》
目を見開いた。
それから、笑った。
「うん。うちに無駄なんて、最初から一個もないの」
《……記録します》
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午後、侵入者の報せが来た。
《侵入者:4名》
いつもなら、ここまでだ。人数と、見た目の印象。そこから先は、観察と、推測だった。
でも今日は、表示に、続きがあった。
《戦士パーティ「銅の盾」》
《構成:戦士2・斥候1・回復術士1》
《平均練度:D級冒険者相当》
《目的推定:素材採取(薬草・魔石)》
「……え。名前まで、分かるの?」
《……観測の精度が上がりました。装備・所作・会話・魔力の質。侵入者自身が発している情報から、推定しています》
画面の中で、四人が1層目を、慎重に進んでいく。目的が薬草なら、深追いはしない人たちのはずだ。
「コアさん、ホブたちの隊列、少しだけ下げて。2層の、いつもの採取場のあたり、巡回を薄くしておこう」
《……承知しました》
四人は、罠を丁寧に避けて、採取場で袋を満たして、日が傾く前に、帰っていった。
怪我人、ゼロ。戦闘、ゼロ。
目的が分かるだけで、誰も傷つけずに帰ってもらう工夫が、ここまで細かくできる。
「……これ、全然無駄じゃないよ!」
《……はい》
コアさんの返事が、心なしか、少しだけ得意げに聞こえた。
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夕方、新しくなった管理画面を眺めていて、見慣れた表示の、見慣れない変化に、目が留まった。
フォロー数の欄。いつも見ていた数字。今日も、62。数字は、同じ。
でも、頭に、言葉が増えていた。
《神々からのフォロー数:62》
読んで、しばらく、動けなかった。
「……神々」
声に出して、もう一度、読んだ。
「コアさん。神々って……ニルム様、みたいな?」
《……不明です》
「うちのフォローって、神様たちが、してくれてたの……?」
《……この項目の詳細は、Lv5で解禁される情報のうち、私にも開示されていない、唯一のものです》
表示を、しばらく、見つめた。
62の、誰か。
数字は、ずっと見てきた。でも、送り主が付いた途端、ただの数字じゃ、なくなった。
62の誰かが、うちを、観てる。……今、この瞬間も、かもしれない。
背筋が、少しだけ、伸びた。
ふと、前にコアさんが言った言葉を、思い出した。秘匿の配置替えをした夜。みんなの自慢ができなくなって、ちょっとだけ寂しかった夜。
——観たい者には、見えています。対戦になれば。
「……観たい者って」
そういうこと、だったんだ。
うちの対戦を、観たいって思ってくれてる誰かが——62。
……ちゃんと観ててくれてる人には、届いてたんだ。ずっと。
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寝る前に、もう一度、レベルの画面を開いた。
《DコアLv:5》
その下は、また、余白に戻っている。
指で、余白を、なぞった。
……きっと、まだ、先がある。
根拠はない。でも、あの「欲しい」は、まだ、胸の奥で、静かに続いていた。
「コアさん。おやすみ」
《……おやすみなさい、ルナリア》
次の余白が現れる日まで、今日も、たくさん話そう。
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