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第3話 影のない場所


 翌日の夜、約束の時間に、アルカナさんから通信が来た。


 一日、長かった。


 《さて。どこから話そうかしらね》


 〈アルカナさんが聞いたことから、お願いします〉


 《そうね。——単刀直入に言うわ。紅理の苑の子、外への発信が、消えてるのよ》


 〈消えてる……?〉


 《ええ。ギルド筋の話に、名前が出ない。取引の話も聞かない。あの子自身の発信が、この数週間、ぱたりと止んでる。——なのにね、この前のダンフェス期間の掲示板じゃ、あの子の悪い噂だけは、たっぷり流れてた》


 〈……見ました〉


 《本人は黙って消えていってるのに、噂だけが、独り歩きしてる。……気持ち悪いと思わない?》


 画面の文字を、何度か、読み直した。


 外に、出てこなくなっている。誰かと揉めたわけでも、消えたわけでもなく——ただ、静かに、細くなっている。


 〈でも……私は、切られました。発信が減ったとかじゃなくて、はっきり、遮断で〉


 《そう。そこが、引っかかるのよ》


 アルカナさんの返信は、少しだけ、間があった。


 《発信を、ただ減らすだけなら、あなたまで切る必要はない。放っておけば、自然に疎遠になるもの。なのに、わざわざ手間をかけて、遮断した。——だから私は、そこに、理由があると思ってる》


 〈理由……〉


 《ええ。あなたを切らなきゃいけない理由が、何かあった。あの子にとってか、……あるいは、別の誰かにとってか。——ここから先は、私の想像だけど》


 背中が、少し、冷えた。


 この数週間。


 その言葉に、引っかかった。表を、思い出す。私が切られたのも、ダンフェスの少しあと。


 〈アルカナさん。名前を聞かなくなったのって、いつ頃からですか〉


 《正確には言えないけど……そうね、たぶん、ダンフェスの後あたりから》


 〈私が切られたのも、ダンフェスの後です。……ダンフェスの後に、何かが、あったんじゃないでしょうか〉


 少し、間があった。


 《……いい着眼ね。あの子の変化が、ここ数週間に集中してるなら——起点が、ある》


 〈ダンフェスの後の、何か〉


 《かもしれない。……調べる価値は、あるわね》


 外の世界から、静かに消えていくレイナさん。


 私の手元には、レイナさんとのログが、全部ある。数字も、文字も、時間も。二日かけて、隅々まで見た。


 でも、そこに、レイナさん自身は、いなかった。


 影のない、明るいだけの、文字の列。


 ……そうか。私は今まで、影のない場所ばかりを、探していたんだ。


 一人に、なろうとしてる? どうして?


 分からない。分からないけど——胸の奥が、ざわざわして、止まらなかった。


---


 《一応、確認だけど》


 アルカナさんが、話を続けた。


 《切られたのが誤操作って可能性は、考えなくていいわよ。双方向遮断は、確認画面が挟まる。「よろしいですか」に「はい」を押さないと、実行されない。……あれは、意思よ》


 〈……はい〉


 分かってた。でも、誰かにはっきり言ってもらえて、少しだけ、楽になった。


 間違いじゃない。レイナさんは、自分の意思で、私を、切った。


 《それでね、ルナリア》


 アルカナさんの文字の調子が、少しだけ、変わった。


 《で、あなたは、どうしたいの》


 ……来た。


 この人は、いつも、そこを聞く。状況の整理が終わったら、必ず、私の側を向く。


 画面の前で、少しだけ、考えた。ううん。考えるふりを、しただけだ。答えは、最初から決まってる。


 〈知りたいです〉


 指が、続きを打った。


 〈レイナさんに、何が起きてるのか。どうして、全部切ってるのか。……ちゃんと、知りたい〉


 《そう》


 返事は、それだけだった。でも、責める色も、止める色も、なかった。


 《なら、私も少し、調べてみるわ。長くやってると、聞ける相手も、それなりにいるのよ》


 〈いいんですか?〉


 《乗りかかった船よ。それに——》


 少し、間があった。


 《私も、気になるのよ。新人トップが、デビュー半年で自分から孤立していくなんて、普通じゃない。……普通じゃないことには、大抵、裏があるわ》


---


 《最後に、一つ。これは調査と関係ない、私からの忠告》


 〈なんですか?〉


 《あなた、見られすぎてる》


 〈……掲示板の、ことですか〉


 《それだけじゃない。冒険者は、あなたの庭で見たものを、酒場で話す。名前のある子たちを、入口の近くに置くのは、そろそろやめなさい。——守りたいなら、隠すことも守りのうちよ》


 〈……考えて、みます〉


 《そうして。——じゃ、何か分かったら、連絡するわ》


 通信が、切れた。


 静かになった画面の前で、今日聞いたことを、頭の中に並べた。


 通信の文字だけじゃ、レイナさんの本当は、見えない。


 前に、アルカナさんが言っていた言葉を、思い出した。通信の中には、影がないの——嘘も、無理も、疲れも、文字にした瞬間、影が消える。


 じゃあ、影は、どこに落ちてるんだろう。


 レイナさんの毎日の、どこかに。私の見えない、場所に。


「……見つける」


 コハクが、足元で、小さく尻尾を振った。


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