第2話 観察
《……承知、しました》
コアさんの返事は、いつもより、少しだけ、間があった。
そして、いつもより、少しだけ、柔らかかった気がした。
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調べると決めたものの、私にできることは、多くない。
レイナさんに直接聞く。それが一番早いのは、分かってる。でも、回線は、切られている。それに——もし繋がっていたとしても、聞けたかどうか、自信がない。
だから、私にできるやり方で、やる。
見ること。それなら、誰よりも、できるはずだから。
まず、通信ログの、整理から始めた。
全部のやり取りを、時系列の表にする。日付。時間帯。話題。レイナさんの返信までの時間。文の長さ。使った言葉。
「コアさん、この表に、列を足せる?」
《……可能です。項目名は》
「『いつもと違うところ』」
《……登録しました》
一回分ずつ、読み直しながら、表を埋めていく。
この日の返信は、いつもより4分遅い。この日は、句点が少ない。この日の《そう》は、いつもの《そう》と、たぶん、温度が違う——
途中で、一度、心臓が跳ねた。切断の少し前から、句点が、減っている。見つけた、と思った。
……違った。その時期は、ダンフェスの直後だった。誰だって、疲れてる。私だって、あの後は、返信が短かった。
ぬか喜びの分だけ、夜が、長くなった。
気がつくと、表の列が、七つに増えていた。
《……ルナリア》
「ん?」
《……『句点の数』の列は、必要ですか》
「必要だよ。レイナさんは、疲れてる時、句点が減るの。前のダンフェスの後も、そうだったから」
《……そう、ですか》
コアさんの間が、いつもより、長かった。
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二日かけて、表が、完成した。
最初の《紅理の苑、レイナだ》から、最後まで。やり取りは、全部で、12回。
多いのか、少ないのか、分からない。ただ、一回分も欠けずに、全部、残っている。
結論から言うと——原因は、見つからなかった。
……ううん。違う。
二日かけて、分かったことが、二つある。
一つ。返信速度は、最後まで、安定していた。言葉の温度も、話題も、いつも通り。原因は、私との通信の中には、ない。
二つ。切られる前日、レイナさんは、疲れていなかった。句点も、返信速度も、いつも通りだった。
いつも通りのまま——次の日、切った。
迷いも、乱れも、何の前触れもなく。
その方が、ずっと、怖かった。
私が何かを言ったから、切られたんじゃ、ない。少なくとも、ログの上では。
じゃあ、原因は、通信の外にある。
私の知らない、どこかに。
胸の奥が、少しだけ、軽くなって——それから、別の重さが、来た。
私のせいじゃないなら。レイナさんの側で、何かが、あったということだ。
私の知らないところで。私に、言えない何かが。
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その日から、見るものが、変わった。
通信ログじゃなくて、今のレイナさん。
といっても、見られるものは、限られている。ランキングの順位。公開されている対戦記録。それくらい。
順位は、384位のまま、動いていない。当たり前だ。ダンフェスまで、数字は動かない。
対戦記録も、新しいものは、ない。
それでも、毎日、確認した。朝と、昼と、夜。変化がないことを、確認するために、確認した。
《……ルナリア》
何日目かの夜、コアさんが、言った。
《……本日、紅理の苑の公開情報の確認は、7回目です》
「……数えてたの」
《……はい。それと》
少し、間があって。
《……それは、偵察では、ありません》
手が、止まった。
偵察。そう、思ってた。自分では。街道を見るのと同じ。異変がないか、確認してるだけ。みんなを守るのと、同じこと——
……同じじゃ、ない。
分かってる。街道は、守るために見てる。レイナさんの数字は——ただ、私が、見ていたいだけだ。
「……そうだね」
素直に、認めた。
「偵察じゃ、ない。……心配、してるだけ」
《……はい》
コアさんは、それ以上、何も言わなかった。責める感じでは、なかった。ただ、線を、引いてくれた気がした。ここまでは、いい。ここからは、違う。その線を。
画面を、閉じた。
今日の確認は、7回で、おしまい。
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寝る前に、コハクを撫でながら、考えていた。
原因は、通信の外。レイナさんの毎日を、私は、何も知らない。通信の窓から見えていたのは、ほんの、一部分だ。
「……焦らない。焦らないで、ちゃんと、探す」
その時、通信の着信音が、鳴った。
レイナさん——じゃ、ない。分かってるのに、一瞬、そう思ってしまう自分がいた。
アルカナさんからだった。
《ねえ。夜遅くに、悪いんだけど》
〈大丈夫です。どうしました?〉
《ちょっと、聞きたいことがあってね。——あなた、紅理の苑と、最近、どうなってる?》
指が、止まった。
どうして。
私、アルカナさんには、まだ、何も話していない。
〈……どうして、それを〉
少し、間があった。
《……やっぱり》
通信は、それだけだった。
私の知らない場所で、何かが、動いている。




