表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
91/105

第2話 観察


 《……承知、しました》


 コアさんの返事は、いつもより、少しだけ、間があった。


 そして、いつもより、少しだけ、柔らかかった気がした。


---


 調べると決めたものの、私にできることは、多くない。


 レイナさんに直接聞く。それが一番早いのは、分かってる。でも、回線は、切られている。それに——もし繋がっていたとしても、聞けたかどうか、自信がない。


 だから、私にできるやり方で、やる。


 見ること。それなら、誰よりも、できるはずだから。


 まず、通信ログの、整理から始めた。


 全部のやり取りを、時系列の表にする。日付。時間帯。話題。レイナさんの返信までの時間。文の長さ。使った言葉。


「コアさん、この表に、列を足せる?」


 《……可能です。項目名は》


「『いつもと違うところ』」


 《……登録しました》


 一回分ずつ、読み直しながら、表を埋めていく。


 この日の返信は、いつもより4分遅い。この日は、句点が少ない。この日の《そう》は、いつもの《そう》と、たぶん、温度が違う——


 途中で、一度、心臓が跳ねた。切断の少し前から、句点が、減っている。見つけた、と思った。


 ……違った。その時期は、ダンフェスの直後だった。誰だって、疲れてる。私だって、あの後は、返信が短かった。


 ぬか喜びの分だけ、夜が、長くなった。


 気がつくと、表の列が、七つに増えていた。


 《……ルナリア》


「ん?」


 《……『句点の数』の列は、必要ですか》


「必要だよ。レイナさんは、疲れてる時、句点が減るの。前のダンフェスの後も、そうだったから」


 《……そう、ですか》


 コアさんの間が、いつもより、長かった。


---


 二日かけて、表が、完成した。


 最初の《紅理の苑、レイナだ》から、最後まで。やり取りは、全部で、12回。


 多いのか、少ないのか、分からない。ただ、一回分も欠けずに、全部、残っている。


 結論から言うと——原因は、見つからなかった。


 ……ううん。違う。


 二日かけて、分かったことが、二つある。


 一つ。返信速度は、最後まで、安定していた。言葉の温度も、話題も、いつも通り。原因は、私との通信の中には、ない。


 二つ。切られる前日、レイナさんは、疲れていなかった。句点も、返信速度も、いつも通りだった。


 いつも通りのまま——次の日、切った。


 迷いも、乱れも、何の前触れもなく。


 その方が、ずっと、怖かった。


 私が何かを言ったから、切られたんじゃ、ない。少なくとも、ログの上では。


 じゃあ、原因は、通信の外にある。


 私の知らない、どこかに。


 胸の奥が、少しだけ、軽くなって——それから、別の重さが、来た。


 私のせいじゃないなら。レイナさんの側で、何かが、あったということだ。


 私の知らないところで。私に、言えない何かが。


---


 その日から、見るものが、変わった。


 通信ログじゃなくて、今のレイナさん。


 といっても、見られるものは、限られている。ランキングの順位。公開されている対戦記録。それくらい。


 順位は、384位のまま、動いていない。当たり前だ。ダンフェスまで、数字は動かない。


 対戦記録も、新しいものは、ない。


 それでも、毎日、確認した。朝と、昼と、夜。変化がないことを、確認するために、確認した。


 《……ルナリア》


 何日目かの夜、コアさんが、言った。


 《……本日、紅理の苑の公開情報の確認は、7回目です》


「……数えてたの」


 《……はい。それと》


 少し、間があって。


 《……それは、偵察では、ありません》


 手が、止まった。


 偵察。そう、思ってた。自分では。街道を見るのと同じ。異変がないか、確認してるだけ。みんなを守るのと、同じこと——


 ……同じじゃ、ない。


 分かってる。街道は、守るために見てる。レイナさんの数字は——ただ、私が、見ていたいだけだ。


「……そうだね」


 素直に、認めた。


「偵察じゃ、ない。……心配、してるだけ」


 《……はい》


 コアさんは、それ以上、何も言わなかった。責める感じでは、なかった。ただ、線を、引いてくれた気がした。ここまでは、いい。ここからは、違う。その線を。


 画面を、閉じた。


 今日の確認は、7回で、おしまい。


---


 寝る前に、コハクを撫でながら、考えていた。


 原因は、通信の外。レイナさんの毎日を、私は、何も知らない。通信の窓から見えていたのは、ほんの、一部分だ。


「……焦らない。焦らないで、ちゃんと、探す」


 その時、通信の着信音が、鳴った。


 レイナさん——じゃ、ない。分かってるのに、一瞬、そう思ってしまう自分がいた。


 アルカナさんからだった。


 《ねえ。夜遅くに、悪いんだけど》


 〈大丈夫です。どうしました?〉


 《ちょっと、聞きたいことがあってね。——あなた、紅理の苑と、最近、どうなってる?》


 指が、止まった。


 どうして。


 私、アルカナさんには、まだ、何も話していない。


 〈……どうして、それを〉


 少し、間があった。


 《……やっぱり》


 通信は、それだけだった。


 私の知らない場所で、何かが、動いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ