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第33話 絶対


 朝、管理画面を開くと、通知が一件届いていた。


 《対戦結果通知》

 《紅理の苑(勝利) / 蒼雷峡谷(消滅)》


「……レイナさん」


 勝ったんだ。


 最初に浮かんだのは、よかった、だった。


 その次に浮かんだのは、あの夜のことだった。


 イゼル戦の夜。誰も欠けなかったのに、動けなかった。最後の口の動きが、目に焼き付いて離れなかった。


 レイナさんは、今、どうしてるんだろう。


 通信画面を開いて、宛先にレイナの名前を出して、そこで指が止まった。


 なんて送るんだろう。おめでとうございます? 違う。大丈夫ですか? 余計なお世話だ。勝った直後の人に、部外者が触れていいことじゃない。


 ルナリアは、画面を閉じた。


 レイナさんは強い人だ。きっと、大丈夫。


 そう思うことにした。


---


 午後は、いつも通りに過ぎた。


 侵入者が二組。ホブゴブリン小隊が一組目を入口で止めて、二組目は2層目でクロとシロが追い返した。エリンの新しい鈴の音が、森の上を渡っていく。


 夕方、コアネットに着信が来た。


 《薄桃の庵 ミルティア》


〈あ、ミルティアさん〉


 あの手紙の子だ。時々、通信が来る。話を聞くくらいしかできていないけれど。


 受けた。


《ルナリアさん、こんばんは……今、大丈夫ですか?》


〈うん、大丈夫だよ。どうしたの?〉


《あの……変なこと、聞いてもいいですか》


 いつもより、声が硬かった。


〈うん、どうしたの?〉


《……最近、怖い話ばっかりじゃないですか。対戦とか、消えたダンジョンとか……》


〈うん〉


《みんな、誰かのことを疑ってて……あの人が怪しいとか、次はあの人が狙われるとか、そんな話ばっかりで……私、もう、誰を信じたらいいのか、分からなくなっちゃって……》


 声が、少し震えていた。


《昨日も、仲良くしてた子に言われたんです。あんたも気をつけなよ、誰が敵か分からないよ、って……そしたら、その子のことまで、ちょっと怖くなっちゃって……》


〈……うん〉


《おかしいですよね。仲良かった子なのに……でも、そうやって誰かを疑える人は、私のことも疑えるんだって思ったら、もう、だめで……》


 ルナリアは、黙って聞いていた。


《みんな、怖い怖いって、誰かの悪い話ばっかりしてて……その中で、一人だけ、誰のことも悪く言わない人がいて……それが、ルナリアさんでした》


 少し間があって、ミルティアは言った。


《ルナリアさん……私の味方に、なってくれませんか》


〈味方?〉


《約束してほしいんです。何があっても、私と戦わないって。何があっても、私の側にいてくれるって……そしたら私、この世界に一人だけ、絶対に疑わなくていい人ができるから……》


 ルナリアは、すぐには答えなかった。


 ミルティアの声は、本当に怖がっている人の声だった。


 だからこそ、軽く返してはいけない気がした。


〈……少しだけ、考えさせて〉


《……はい。ごめんなさい、重いこと言って……》


〈ううん。ちゃんと考えたいだけ。明日、返事するね〉


 通信が切れた。


---


 夜、ルナリアはコアの間で考えた。


 何があっても、戦わない。何があっても、側にいる。


 その約束が、ミルティアをどれだけ安心させるかは、分かる。一人で怖がっている子に、絶対を一つあげられたら、それはきっと救いになる。


 でも。


 何があっても、という言葉を、ルナリアは持っていなかった。


 ルナリアの「何があっても」は、もう使い道が決まっている。何があっても、うちの子たちを失わない。それが一番で、それより上には、何も置けない。


 もし——考えたくないけれど、もし、ミルティアを守ることと、うちの子たちを守ることが、ぶつかる日が来たら。


 自分は、迷わずみんなを選ぶ。


 選ぶと分かっているのに、何があっても、なんて言えない。


 考えて、答えは出ていた。


 ただ、断り方を考えるのに、時間がかかった。怖がっている子の、精一杯のお願いだ。それを断るのは、あの子を一人に戻すことだ。


 それでも。


---


 翌日の夕方、ルナリアから発信した。


《ルナリアさん……》


〈ミルティアさん、昨日の話なんだけど〉


 一呼吸置いて、言った。


〈ごめんなさい。約束は、できない〉


 少しの、沈黙があった。


《……そう、ですか》


〈ちゃんと理由があるの〉


《……はい》


〈私にとって一番大事なのは、うちの子たちなの。それは、これからも変わらない〉


《……はい。知ってます》


〈だから、もしミルティアさんを守ることと、うちの子たちを守ることがぶつかったら、私は迷わずみんなを選ぶ。選ぶって分かってるのに、何があっても、なんて言えない。言ったら、ミルティアさんを騙すことになるから〉


 少し間を置いて、付け足した。


〈約束はできないけど、私はミルティアさんと戦いたいなんて思ってないよ。話ならいつでも聞く。それじゃ、だめかな〉


《……ルナリアさんらしい、です》


 ミルティアの声は、静かだった。


《分かりました。ごめんなさい、困らせちゃって》


〈ううん。頼ってくれたのは、嬉しかったよ〉


《……はい。ありがとうございます》


 少し間があった。


《……私、信じられる人、探してみます。一人は、やっぱり怖いから》


〈うん。……見つかるといいね〉


《ルナリアさんも……気をつけてくださいね。最近、本当に物騒だから》


 通信が切れた。


---


 ルナリアは、しばらく画面を見ていた。


 断った。理由も、ちゃんと伝えた。ミルティアも分かってくれた。


 それでいいはずなのに、何かが薄く残っていた。


 気をつけてくださいね。


 最後のあの言葉。心配してくれる言葉のはずなのに、なぜか、少しだけ冷たく聞こえた。


 ……疲れてるのかな。


 ルナリアは首を振って、管理画面を閉じた。


 膝の上に、コハクが乗ってきた。白い毛に指を沈めると、いつもの温かさが返ってくる。


「……私、間違ってないよね」


 コハクは、小さく鳴いた。


 遠くの森で、りん、と鈴が鳴った。


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