表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/99

第30話 者隠


 朝の確認は、いつも通りの順番で行う。


 DP残高。侵入者の記録。モンスターの状態。召喚スケジュール。


 最後に、通信欄を開いた。


 三日前に送った打診への返信は、今日もない。既読すらつかない通信が、リストの上で静かに並んでいる。


 その一番上に、見慣れない表示があった。


 《鉄咬の穴 ガルド》


 知らない名前だった。取引をしたことも、通信を交わしたこともない。


 開いた。


 《お前のやり方は知っている。いずれ全員の迷惑になる。消えろ》


 それだけだった。


 レイナは、三度読んだ。


 お前のやり方。


 どのやり方のことだ。運営方針か。取引条件か。対戦記録か。


 心当たりを順に検討した。運営は効率重視だが、他者に損害を与えた記録はない。取引は全て双方合意で、条件はむしろ相手有利に設定することが多い。対戦は——まだ一度もしていない。


 該当する行動が、ない。


 接点のない相手が、存在しない行動を理由に、敵意を送ってくる。


 分析の取っかかりが、どこにもなかった。


 返信して問い質す、という選択肢を検討した。合理的な対話が成立する確率を見積もる。あの文面から推定するに、低い。


 レイナは通信を閉じた。


 閉じてから、自分がもう一度開いて読み直していることに、気づいた。


---


 昼、侵入者が一組来た。手順通りに処理した。


 処理を終えた直後、入口の監視記録に目が留まった。


 鳥が一羽、入口の上空を旋回している。今朝から三度目だった。


 うちの入口に、野生の鳥は近づかない。炎の魔素を嫌うからだ。なのにこの個体は、魔素の真上を、同じ高度で、同じ軌道で回っている。


 観察ではなく、記録の動きだった。


「……偵察か」


 他のダンジョンマスターの、偵察モンスター。可能性としては、それが一番高い。


 うちを調べて、何をする気だ。


 対戦の下見。真っ先に浮かんだのは、それだった。


 精霊の遊庭も、対戦の前に偵察を受けていたのだろうか。データはない。ただ、静寂の天蓋が消えた通知だけが、記録に残っている。


 レイナは配置画面を開いて、入口周辺の対空警戒を一段引き上げた。


 一時間後、警戒に入れたファイアアローが、鳥を撃ち落とした。


 回収を指示して、レイナは監視記録を巻き戻した。落下地点は入口の東、岩場の手前。映像の中で、鳥は羽を焼かれて落ちて——


 地面に触れる寸前、淡い光になって、消えた。


 死骸が、残らなかった。


 召喚モンスターは、主のダンジョンの外で死ぬと、魔素に還る。


 やはり、野生の鳥ではなかった。


 誰かの、目だった。


 撃ち落とした。でも、撃ち落としたという情報は、向こうの主にも届いたはずだ。


 こちらが気づいたことを、向こうも知った。


 処理の間も、今朝の文面が思考の隅に残っていた。


 お前のやり方は知っている。


 知っている、という言い方が引っかかる。知らないはずだ。接点がないのだから。


 なのに、知っていると書いた。


 つまり、誰かから聞いたということだ。


 誰から。何を。


 データが、ない。


---


 夕方、また通信が来た。


 今度も、知らない名前だった。


 《暗幽の廃城 アルカナ》


 レイナは、手を止めた。


 暗幽の廃城。ランキング310位前後。中堅上位。名前だけは、把握している。


 今朝の暴言と、時間を置かずに届いた未知の相手からの通信。


 関連を疑うのが、合理的だった。


 少し考えて、受けた。情報が足りない時は、入ってくる情報を遮断しない方がいい。


《紅理の苑のレイナさん?》


《そうだ。用件は》


《……聞きたいことがある》


 女の声だった。低くて、静かで、余計な抑揚がない。


《精霊の遊庭のルナリアを、どう思う》


 レイナは、すぐに返さなかった。


 予想外の質問だった。そして、質問の意図が読めなかった。


《なぜ、それを私に聞く》


《……あなたが、あの人と通信したことがあると聞いたから》


《誰から》


《……本人が話していた》


 本人が。


 あの通信のことを、この相手は知っている。つまり、ルナリアと繋がりのある相手ということだ。


《どう思うかと聞かれても、データは一度の通信分しかない》


《……その一度で、どう思った》


 レイナは、あの声を思い出した。


 いなくなったら、悲しくないですか。


 悲しさは判断に関係ない、と返した。理屈に合わない、とも言った。今でもそう思っている。


 でも。


《……理屈に合わない人だ。効率を無視して、結果を出す。分析対象としては興味深い》


《……嫌いではない、ということ?》


《好悪は判断に関係ない》


 通信の向こうで、少しだけ間があった。


《……そう。参考になった》


 それで終わりかと思った。


 でも、切れなかった。


《……最後に、一つだけ》


《何》


《あなた、最近、周りと連絡が取れてる?》


 レイナの指が、止まった。


《……なぜ、それを聞く》


《……返信、来なくなってない? 前は来ていた相手から》


 未読のまま並ぶ通信リストが、頭に浮かんだ。


 三件。いや、今朝の分を入れれば、もっとだ。


《……事実として、返信率は低下している。それが何だ》


《……気をつけて》


《何にだ》


《……分からない。でも、あなたの周りで、何かが動いてる。あなたの知らないところで》


 通信が、切れた。


---


 夜、レイナは記録を整理した。


 今日の分を、時系列に並べる。


 接点のない相手からの敵意。一件。


 正体不明の偵察。一件。


 未知の相手からの警告。一件。


 共通点を探した。どれも、レイナの知らない場所で何かが起きていることを示唆している。


 お前のやり方は知っている。


 あなたの知らないところで、何かが動いてる。


 正反対の立場からの言葉が、同じ一点を指していた。


 自分の与り知らないところに、自分についての何かが、ある。


 それは、データの外側だった。レイナの管理画面には映らない、誰かと誰かの間にだけ存在する何か。


 観測できないものは、分析できない。


 分析できないものには、対処できない。


 その事実を認識した瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ。


 軋んだものの名前を、レイナはまだ持っていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ