第8話 DコアLv2解禁
準備期間が明けてから、数日が経った。
静かだったダンジョンが、嘘みたいに変わった。
毎日誰かが来る。1人で来る者もいれば、パーティで来る者もいる。罠が鳴るたびに管理画面が動く。DP残高が増えていく。それは悪くなかった。
でも、ある日の夜、管理画面を眺めていたら、コウモリの欄が2つ消えていた。
気づいていなかった。いつ死んだのか、誰にやられたのか、その瞬間を見ていなかった。ただ気づいたら、いなくなっていた。さっきまでそこにいたはずのコウモリが、数字が消えただけで、何もなかったみたいになっていた。
その後、ゴブリンも1体やられた。これはちゃんと見ていた。侵入者の剣が走るのを。どうすることもできなかった。ただ見ていた。
補充した。新しいコウモリを呼んだ。新しいゴブリンを呼んだ。それが正しいやり方だと分かっていた。でも管理画面を閉じるとき、なんとなく手が止まった。理由はうまく言えない。
侵入者を見ていて気づいたことがある。
コウモリが視線を上に引きつけている間、侵入者は足元を疎かにする。でもそこに何もなければ意味がない。もし、下から足を傷つける存在がいれば——足を怪我させて動きを鈍らせる、最悪行動不能にできる。
ホーンラビットを買った。
試してみると、思ったより効果があった。コウモリが視線を上に引きつける。その隙にホーンラビットが低い姿勢で滑り込んでいく。角が足にかすって、侵入者が足を引きずり始める。動きが鈍る。罠の射程に入れやすくなる。
少しずつ、形になってきていた。
でも2層目まで突破された日があった。
1層目の罠をかいくぐって、ゴブリンを振り切って、3人組が森に入ってきた。管理画面に通知が来た瞬間、心臓が跳ねた。
アルスが動いた。
指示を出す暇もなかった。森の中で、3人を相手にアルスが戦っていた。ピクシーが援護に入った。それでも押されていた。アルスが何度も後退した。それでも退かなかった。
管理画面越しに見ていた。何かを言おうとして、言えなかった。何か指示を出せるかと思って、何も出てこなかった。ただ見ていた。
侵入者の一人が倒れた。
ステータス欄の文字が消えた。それだけだった。数字が変わっただけだった。でもルナリアはその画面をしばらく見つめて、動けなかった。
頭では分かっていた。こういうことが起きると。ダンジョンマスターである以上、これが仕事だと。分かっていた。でも実際に目の前で文字が消えると、それがとても重かった。なぜ重いのかも、うまく分からなかった。
残りの2人は撤退した。
アルスは軽傷だった。ピクシーが1体、翼を傷めていた。管理画面から回復薬を送った。アルスは受け取って、少し動きを止めた。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
その夜、ミッション通知が届いた。
——ミッションを達成しました。報酬:SP×10。
「SP……」
スキルポイント。管理画面でスキルツリーを開く。
三つの系統が並んでいる。
モンスター系を見る。HP強化、攻撃強化、防御強化、指揮、育成。SP2〜3で取れるスキルが並んでいる。
今日のことを思い出した。アルスが押されていた。ピクシーが翼を傷めた。もしモンスターが少し強ければ、違う結果になっていたかもしれない。
倒れた侵入者のことも思い出した。あの人も、倒れなかったかもしれない。逃げていたかもしれない。その方がよかったのかどうか、分からなかった。
ダンジョンマスター系を見る。鑑定Lv1。侵入者の詳細が分かるようになる。装備、ランク、体力の残量。SP2で取れる。それがあれば、今日の判断も変わっていたかもしれない。
指でスキルをなぞる。5個、6個は取れる計算だ。
でも。
Dコア権限レベルの項目を開く。
——Dコア権限レベルをLv2に解禁しますか? 消費SP:10。
全部だ。SP10を全部使う。他のスキルは何も取れない。
「……コアさん」
「はい」
「Dコア権限のレベルを上げたら、何ができるようになるの?」
「解禁後にお知らせします」
「解禁してからじゃないと分からないってこと?」
「はい」
「……SP全部使うのに?」
「はい」
ルナリアはしばらく画面を見つめた。
今日、2層まで突破された。アルスが怪我をした。ピクシーが翼を傷めた。侵入者が1人死んだ。SP10があれば、それを防げた可能性があった。次に同じことが起きたとき、もっとうまくできたかもしれない。
それは分かっている。
でも、なぜかDコアに振りたかった。最初からずっとそう思っていた。損得じゃない。費用対効果でもない。うまく言葉にできない。それでも、上げたかった。
承認する。
——Dコア権限レベルがLv2になりました。新機能が解禁されました。
「何が使えるようになったの?」
「モンスターへのフレーバーテキスト入力機能です。各モンスターに一文のテキストを追加できます」
ルナリアはしばらく黙っていた。
「……それだけ?」
「はい」
一文のテキスト。戦闘力は上がらない。DPも増えない。侵入者に対して何の効果もない。
でも、ルナリアは少し笑った。
おかしくて笑ったのか、なんだか分からない笑いだった。SP10が、これになった。
管理画面でアルスのページを開く。フレーバーテキスト欄が新しく表示されていた。空白だ。
ルナリアは少し考えて、文字を打ち込んだ。
——寡黙。
承認する。
アルスのページにその一文が表示された。それだけだ。何も変わらない。でも、なんとなく、アルスが少し「アルス」になった気がした。
「コアさん、意味あると思う?」
返事がなかった。
「私はあると思う」
しばらく、洞窟の水音だけが続いた。
そのとき、管理画面に新しい通知が来た。
——侵入者撃退数が規定数に達しました。
——進化チュートリアルを解放しました。
「……進化?」
管理画面の新しい項目を開く。
進化候補一覧が表示される。
その一番上に——
《アルス》
《進化可能》
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