第7話 初めての侵入者
準備期間が、明けた。
勝率53%。昨日から何度も見た数字だ。半分より少し高いだけ。その数字が、朝になっても頭から離れなかった。
朝、管理画面を開いた瞬間に気づいた。ステータスの表示が変わっている。
——ダンジョン開放中。侵入者の入場が可能になりました。
分かっていた。準備期間が終わればいつか来る。そのために今まで準備してきた。
十分だろうか。
罠は仕掛けてある。モンスターも増やした。宝箱も置いた。頭の中で何度もシミュレーションした。昨日も、一昨日も、その前の日も。管理画面を眺めながら、こんな動きをされたら、こう対応して、その次はこう。
でも実際に来たことがない。どこかで想定が外れるかもしれない。いや、きっと外れる。シミュレーション通りに動く侵入者なんていない。
それに——モンスターが死ぬかもしれない。
アルスが。ゴブリンたちが。ピクシーが。
覚悟はしていた。ダンジョンマスターである以上、モンスターが傷つくこともある。でも覚悟と現実は違う。
「……来い」
自分に言い聞かせるように、つぶやいた。
管理画面で最終確認をする。何度目かも分からない。
1層目。落とし穴2個は通路の中盤に集中させた。転倒トラップは落とし穴の手前、よろけた勢いで落ちるように配置した。毒針トラップは壁沿いの複数箇所に仕込んである。通路を歩けばどこかに触れる位置だ。警報トラップは入口寄りに置いた。音でモンスターを集める。
罠だけじゃない。分岐路の手前にも、宝箱の周辺にも、モンスターの待機位置の近くにも、それぞれ罠を組み合わせて仕掛けた。全部が連動するわけじゃないが、どこを通っても何かに引っかかるように考えた。
コウモリは天井の暗がりに潜んでいる。ゴブリンが通路の奥で待機している。ピクシーが1層目の要所、壁の隙間や岩陰でひっそりと息をひそめている。クレイゴーレムは最奥の部屋に立っている。壁役だ。ここまで来た侵入者を足止めする。
配置は問題ない。今まで何度も確認してきた。
管理画面越しにアルスを見た。アルスは1層目の中程で、じっと入口の方を向いていた。
「……よろしくね、アルス」
アルスは振り返らなかった。でも耳がわずかに動いた。聞こえている。
どのくらい待っただろうか。
——侵入者を検知しました。1層目・入口付近。人数:4名。
「来た」
ルナリアは管理画面に集中した。
4名。慎重に動いている。入口から少しずつ進んでくる。松明を持っていて、通路の壁を確認しながら歩いている。足元も見ている。一歩ずつ確かめるように進んでいた。
……思ったより慎重だ。
Gランクでも調査依頼を受けるということは、それなりに場数を踏んでいるのかもしれない。新人がそのまま来るとは限らない。そうか、そういう可能性を考えていなかった。
コウモリを動かした。天井の暗がりから2体が音もなく舞い降りる。侵入者の頭上すれすれを飛んだ。
「なんだ!?」
声が上がった。4人が一斉に上を向く。松明が揺れた。足元への注意が逸れる。
警報トラップが鳴った。
金属音が通路に響く。ルナリアはゴブリンたちを動かそうとした。
でも——すでに動いていた。
ゴブリンたちが通路を走っていた。指示を出す前に。アルスが短く唸ると、ゴブリンたちの動きが変わった。左右に散らばって、侵入者の退路を塞ぐように動いている。
「……あれ」
ルナリアは手を止めた。
自分が出そうとした指示と、アルスがゴブリンたちに伝えた動きが、ほぼ同じだった。
考える暇もなかった。
侵入者たちは音に驚いて一瞬立ち止まったが、すぐに前進を再開した。音の位置を把握して、モンスターが来る前に進もうとしている。
まずい。このままでは罠の位置まで誘導できない。
コウモリをもう一度動かす。今度は顔の高さで飛ばした。1体が侵入者の顔に向かって突っ込んでいく。侵入者が反射的に腕で払う。その拍子に通路の壁に手をついた。
毒針トラップが作動した。
細い針が壁から飛び出して、掌をかすめた。大した傷じゃない。今は気にならないかもしれない。でも毒はじわじわと効いてくる。後から聞いてくるはずだ。
「痛っ……」
侵入者の一人が手を見た。それだけだった。すぐに前を向いた。
その隙にアルスが動いた。退路を塞ぐように、通路の中程に立ちはだかった。
侵入者4人が気づいて足を止める。前にはアルス。後ろにはコウモリ。横の壁には毒針トラップ。岩陰からピクシーが小さな光弾を構えていた。
ピクシーも——指示を出していない。
アルスが動いた瞬間、ピクシーたちが自分で判断して射線を確保していた。
「……挟まれた」
誰かがつぶやいた。
一人が剣を抜いてアルスに向かってきた。アルスが受け止める。力でははっきり負けていた。アルスが押されていく。
ゴブリンたちがようやく追いついてきた。後方から侵入者を挟む形になった。侵入者たちが対応に追われる。
そこに転倒トラップが作動した。
前に出た侵入者の一人が足を取られた。体勢が崩れて2、3歩よろける。落とし穴の縁に足をかけて、ぎりぎり踏みとどまった。
惜しかった。
でも体勢を崩した隙にピクシーが魔法を放った。小さな光弾が連続して侵入者の背中を叩く。大したダメージじゃない。でも積み重なる。毒と疲労と、複数のモンスターに囲まれたプレッシャー。
「撤退だ! これ以上は無理だ!」
4人のうちの一人が叫んだ。アルスの横をすり抜けようとする。アルスが腕を掴んだが、振りほどかれた。
逃げていく。4人とも、入口へ向かって走っていった。
ルナリアは管理画面を眺めながら、侵入者たちが外に出るのを確認した。
——侵入者が撤退しました。DP:+38。
「……38」
増えた。まとまったDPだ。
でも手が少し震えていた。
うまくいった。でも危なかった。アルスが押されていた。ゴブリンが間に合わなければ突破されていたかもしれない。落とし穴も惜しかった。転倒トラップの位置をもう少し調整すれば、ちゃんと誘導できたはずだ。次は直す。
それよりも——
「コアさん」
「はい」
「さっき、私が指示を出す前にゴブリンたちが動いてたんだけど」
「確認します。……アルスが指示を出していました」
「……アルスが?」
「はい。アルスはゴブリンたちに対して独自の指示系統を持っているようです。詳細は不明です」
ルナリアはしばらく黙っていた。
独自の指示系統。
ゴブリンが、ゴブリンたちを指揮している。ピクシーまで連動して動いていた。
「……このゴブリン、本当に何者なの」
ダンジョンコアは答えなかった。
こうなることは、分かっていた。
侵入者が来て、罠にかけて、追い返す。頭では分かっていた。でも実際に起きると、少しだけ、胸の奥に何かが引っかかった。
あの4人も、たぶん私を殺しに来たわけじゃない。ただ依頼をこなしに来ただけだ。でも、もし撃退できなかったら——コアが破壊されて、このダンジョンごと消えていた。
お互い、仕事をしていただけだ。
でも、どちらかが死ぬ可能性がある。
「……もし逆の立場だったら」
つぶやきが、洞窟に溶けた。
殺さなかった。でも、殺さなければ私たちが死んでいた。
そういうことだ。
「コアさん、できたよ」
「……了解しました」
やっぱり、そういう返事だ。
管理画面越しに1層目を確認した。アルスがゆっくりと元の位置に戻っていくのが見えた。ゴブリンたちが周りでぎゃーぎゃーと鳴いている。ピクシーたちも岩陰に戻っていく。クレイゴーレムは出番がなかった。
誰も欠けていない。
「……よかった」
思わず声に出た。
DP残高を確認した。また来るだろう。今日中にもう一パーティくるかもしれない。
次に来たときのために、転倒トラップの位置を少し調整しておこう。まだやれることがあると、信じてみる。
ルナリアは管理画面を開き直した。
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