第6話 侵入前夜
翌朝、アルスはまた採取ポイントにいた。
昨日と同じように、ゴブリンたちを連れて壁を叩いている。コン、コン、と規則正しい音が洞窟に響いていた。
《鉄鉱石×2を獲得しました》
管理画面に通知が来た。昨日より増えている。ゴブリンたちの動きが、少しずつ様になってきているらしい。
「……勝手に上手くなってる」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
アルスは振り返らなかった。ただ、また壁を叩いた。
準備期間の解除まで、あと1日だ。
今日やることは決まっている。罠の最終確認だ。
管理画面を開いて、配置図を見直す。昨日から何度も確認してきた。でも何度見ても、引っかかる部分がある。
落とし穴の2個目の位置。侵入者が1個目を避けて横に逸れたとき、2個目に誘導できるか。通路の幅を考えると、もう少し右に寄せた方がいいかもしれない。
転倒トラップの位置。コウモリで視線を上に向けて、足元への注意が散漫になったタイミングで踏ませる。でも侵入者の歩幅は人によって違う。少し手前に置いた方が確実か。
調整する。承認する。
「……こんなところかな」
完璧ではない。でも今できる最善だ。
それでも、昨日の数字が頭から離れなかった。
53%。
半分より少し高いだけだ。10人来たら5人は突破する計算になる。いや、勝率の意味が正確に分からないから、単純にそうとも言えないけれど。
「コアさん、もう一回聞いていい?」
「はい」
「53%って、どういう意味? 10人来たら5人突破するってこと?」
「いいえ。対Gランク冒険者1パーティを相手にした場合の撃退予測確率です。複数パーティが同時に来た場合や、パーティの構成によって数値は変動します」
「……じゃあ、1パーティなら半分以上は追い返せる」
「はい。ただし現在の罠は4個です。複数回の侵入に対して消耗します」
「消耗、か」
罠は作動したら再設置が必要だ。DPを使うか、1日待つか。複数パーティが連続で来たとき、罠が枯渇する可能性がある。
「罠が全部作動した後に来たら?」
「モンスターのみでの対処になります。その場合の撃退予測確率は21%です」
「……21」
声に出したら、思ったより重かった。
でも、それが今の現実だ。
逃げても仕方ない。今できることをやるしかない。
追加で罠を買えるだけ買った。再設置用のDPも確保しておく。できる準備は全部やった。
それでも、21%という数字は消えなかった。
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夜になった。
洞窟の魔素の光が少し落ち着いて、全体が薄暗くなる。昼と夜の区別は曖昧だけど、この光の変化だけが時間を教えてくれる。
ルナリアは3層目の住居エリアに戻った。
ベッドがある。棚がある。岩の床で眠っていた頃とは違う。でも今夜は、なかなか横になれなかった。
管理画面を開いたり閉じたりしながら、ぼんやりと時間が過ぎた。
足音がした。
アルスだった。住居エリアの入口で立ち止まって、こちらを見ている。
「……来るの?」
アルスは入ってきた。ルナリアの近くに座った。
「……眠れない」
アルスは答えない。でもそこにいた。
「明日、侵入者が来るかもしれない。うちのモンスターが傷つくかもしれない。死ぬかもしれない」
アルスは低く喉を鳴らした。
「……怖いわけじゃないんだけどね」
嘘だ。少し怖い。
でも、やるしかない。ここを守るしかない。
「……よろしくね、アルス」
アルスは短く、低く、喉を鳴らした。
洞窟の奥で水が滴る音がした。ぽちゃん、ぽちゃん、と。
変わらない音が、静かに続いていく。
そして朝が来た。
管理画面に通知が浮かんだ。
《準備期間が終了しました》
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