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第5話 アバターで街へ


あれから3日が経った。


モンスターを少しずつ増やした。ゴブリンを追加して、ピクシーも増やした。クレイゴーレムももう1体加えた。洞窟が少しずつ賑やかになっていく。

 罠を追加で購入して配置を見直した。宝箱も増やした。1階だけでなく2層目の森にも置いてみた。毎日開けて中身を回収する。回復薬が何本か手に入った。薬草も出た。備蓄が少しずつ積み上がっていく。

 アルスは相変わらず洞窟を巡回している。ゴブリンたちはうるさいが、アルスの周りでは不思議とおとなしくなる。ピクシーは2層目の森に慣れてきたらしく、木の陰からこちらをちらちら覗いている。

準備期間の解除まで、あと2日だ。


今日はアバターを使うことにした。

出発前に管理画面を確認していると、1層目の奥が騒がしかった。

アルスが鉄鉱石の採取ポイントにいた。

追加召喚したゴブリンたちが、その後ろに並んでいる。整列しているわけでも、指示を受けているわけでもない。ただ、アルスの後ろに並んでいた。

何をしているのかと思って見ていると——


コン。


石を打つ音がした。アルスが石片を手に持ち、壁を叩いている。


コン。コン。コン。


「……何してるの?」


答えはない。ただ他のゴブリンも真似を始めた。各自石片を拾い上げて、壁を叩く。ぎこちない。でも叩いている。


《鉄鉱石×1を獲得しました》


「え?」


管理画面に通知が表示された。


《採掘技能を習得しました》


ルナリアは通知とアルスを交互に見た。

 アルスは何事もなかったように、また壁を叩いている。


「……コアさん、これって」


「モンスターが採掘技能を習得しました。今後、採取ポイントにいるモンスターが自動で素材を採掘します」


「……勝手に?」


「はい」


ルナリアはしばらく画面を眺めた。

 指示していない。教えていない。アルスが自分で判断して、他のゴブリンを連れてやっていた。


「……このゴブリン、本当に何者なの」


ダンジョンコアは答えなかった。


---


出発前の確認を済ませて、管理画面でアバターを起動する。


意識が、薄くなっていく感覚がした。

 ダンジョンの中の感覚が遠ざかる。魔素の匂い、水の音、岩肌の冷たさ。それらが少しずつ溶けていって——

 別の感覚が、入ってきた。


風だ。


外の空気が、肌に触れている。アバターの肌に、意識が馴染んでいく。手を動かしてみる。ちゃんと動く。懐には換金用の素材が入っている。出発前に持たせておいた。

 木立の陰だ。人の気配はない。ダンジョンの入り口から少し離れた場所らしい。

そっと木の陰から出て、周囲を見渡した。


空が広い。青い。思わず立ち止まった。ダンジョンの中では感じたことのない感覚だ。深呼吸する。外の空気は湿っていなくて、少し草の匂いがした。

 地形を確認する。ダンジョンの入り口は岩肌の斜面に開いていて、周囲は木立に囲まれている。獣道のような細い道が、斜面の下に向かって続いていた。

 遠くに、人の声が聞こえる気がした。荷車の音。鐘の音。

 道を下ると、木立が開けた。


「……街だ」


思ったより近かった。ダンジョンから歩いて半刻もかからない距離に、街が広がっていた。

 石造りの建物が並んでいる。城壁はないが、それなりの規模だ。大きな街ではないが、小さな村でもない。冒険者ギルドの旗が見える。市場らしき賑わいもある。

 ここが、一番近い街か。頭に入れておく。

 やることが増えた。


街に入ると、人の多さに少し圧倒された。


冒険者らしき人たちが連れ立って歩いている。武器を背負った者、鎧を着た者。みんな目的がある顔をしていた。

 露店が並んでいる。素材を売る店、武器の店、食料の店。活気がある。

 歩きながら、耳を立てた。


「そろそろ新しいダンジョンができる時期だな」


「ギルドから調査依頼が出るかもしれんぞ。準備しておくか」


「まあGランクだろ。急ぐことでもない」


ルナリアは足を止めずに歩き続けた。

 Gランク。一番下。分かっていたことだ。

 だから今日来た。

冒険者ギルドへ向かった。換金と相場の確認、それから書棚で使えそうな情報を探す。

ギルドの中は、外より落ち着いていた。

受付に冒険者たちが列を作っている。依頼ボードに張り出された紙を眺めている者もいる。奥には書棚が並んでいた。

 まず換金だ。宝箱から回収した素材をカウンターに出す。目的は換金だけじゃない。受付の反応から需要の感覚もつかみたい。


「薬草3束、低品質の魔石2個……合わせて銀貨2枚になります」


受付の女性は素材を一瞥しただけで即座に査定した。迷いがない。つまり、よく見る素材ということだ。需要はある。でも希少性はない。銀貨2枚が高いのか安いのかは、まだ分からない。比較対象がない。


「ありがとうございます」


頭にメモしておく。次に書棚へ向かった。

書棚には冒険者向けの手引き、モンスター図鑑、依頼の記録などが並んでいた。他のダンジョンマスターに関する記録を探すが、そういった書物は一切ない。そもそも一般人がダンジョンマスターの詳細を知る手段がないのだろう。

 代わりに、冒険者ランクに関する手引きが目に入った。

 Gランクは「駆け出し」。単独行動は推奨されない。判断力が未熟で引き際を見誤る例が多い。危険な状態に陥りやすい。注意事項が山ほど書いてある。

 Cランクは「一人前」。単独依頼が可能になり、中級ダンジョンへの挑戦が認められる。


半人前か。

 ……それなら、私も同じだね。


考え込んでいると、後ろから声がかかった。


「おい、ガキ」


振り返ると、大柄な男が腕を組んで立っていた。鎧を着ていて、体格がいい。後ろに数人の仲間がいる。


「ここは子供の来るとこじゃねーぞ。ママのお手伝いの方法でも探してるのか?」


仲間たちが笑い声を上げた。

 ルナリアは少し考えてから、落ち着いて答えた。


「調べ物をしています」


「調べ物?」


男はまた笑った。


「ガキが何を調べるってんだ?」


答える前に、別の声が割って入った。


「ゴレウス、やめろ」


静かな声だった。

 壁際に立っていた男が、書物から目を上げてこちらを見ていた。落ち着いた目をしている。


「書棚を使う権利は誰にでもある」


それだけ言って、男は視線を書物に戻した。

ゴレウスは不満そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


「……ありがとうございます」


男は答えなかった。

 壁際の男の方が気になった。ライゼン、とゴレウスが後で呼んでいるのが聞こえた。静かで、よく周りを見ていた。


ひととおり調べ終えて、ギルドを出た。

来た道を戻り、転送された木立の陰まで戻る。人の気配がないことを確認してから、管理画面を開いた。


「コアさん、戻れる?」


「アバターの転送を実行します」


意識が、また薄くなっていく。

 外の空気、草の匂い、風の感触。それらが遠ざかって——

 洞窟の薄暗さ、水の滴る音、魔素の光が戻ってきた。いつもの場所だ。


「……行ってきた」


ダンジョンコアに向けて、なんとなく報告した。


「……了解しました」


アルスがそばに来て、座った。


「Gランクの冒険者は半人前扱いらしい。うちに来るのはそういう連中だ」


アルスは低く喉を鳴らした。


「……コアさん」


「はい」


「冒険者って、どれくらい強いの? 今の戦力で対処できる?」


少しの沈黙。


《現在戦力予測》

《ゴブリン:4体》

《ピクシー:4体》

《クレイゴーレム:2体》

《対Gランク冒険者勝率:53%》


「……え?」


ルナリアは画面を見つめた。

 あと2日で、準備期間が終わる。



お読み頂きありがとうございます。

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