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第4話 孤独な朝・ダンジョン名を考える


その日は、やることが多かった。


朝、管理画面を開くと、DP残高が85になっていた。

 昨日より13増えている。自然回復分だ。

チュートリアルの残り項目を確認する。


——未実施:罠の設置・宝箱の設置・階層拡張・地形変更


「……4つか」


アルスがそばで座っている。いつものことだ。

 ルナリアは管理画面を眺めたまま、少し考えた。順番はどうするか。

罠と宝箱を先に設置する。それから1→2層目を拡張して、2階に地形変更を適用する。拡張してから地形を変えないと、存在しないフロアに何かを設置することになる。


「罠から、かな」


Gランクの罠セットを開く。

 4種から4個選べる。落とし穴、警報トラップ、転倒トラップ、毒針トラップ。

ルナリアはしばらく説明文を読んだ。


落とし穴は侵入者の足を止める。一番シンプルで、一番確実だ。でも止めるだけでは意味がない。止めた後に何かが必要になる。

転倒トラップは行動を遅らせる。踏んだ瞬間、体勢が崩れて2、3歩ほどよろける。……待てよ。

転倒トラップを踏む直前にモンスターをけしかければ、よろける方向を誘導できるんじゃないか。追い込む方向を決めておけば、その先に落とし穴を置ける。転んで手をつくところに毒針トラップを仕込んでおけば、起き上がる前にダメージを与えられる。

落とし穴・転倒トラップ・毒針トラップの三つが連動する。


ルナリアは管理画面にメモを打ち込んだ。頭の中で描いていた図が、少しずつ形になっていく。通路の幅、罠の間隔、モンスターを配置する位置。考えれば考えるほど、やりたいことが膨らんでいく。


……でも今は、まだ4個しかない。

振り払う。

 今できることに集中しよう。今あるもので、今できる配置を考える。


警報トラップは音を出してモンスターを集める。でも今はモンスターがアルス1体しかいない。音を聞いて集まってきても、対処できる数がいない。今は使えない。


「落とし穴を2個、転倒トラップを1個、毒針トラップを1個」


声に出して確認する。

 落とし穴で止めて、毒針で削りながら、転倒で時間を稼いでアルスに動いてもらう。今のメンバーでできることを、この4個に詰めた。

設置場所も悩んだ。入口に近すぎると侵入者が警戒して引き返す。深すぎると素通りされる可能性がある。ある程度進んだところで「もう少し行けそうだ」と思った頃にかかる位置が理想だ。

承認する。


罠の説明文をもう一度確認した。作動後は1日待つか、DPを消費すればすぐに再設置できる。1個あたり2DP。セットを買い直す場合は15DP。頭に入れておく。


「……こんなところかな」


完璧ではない。でも今できる配置としては悪くないはずだ。


次は宝箱だ。

 説明文を読む。設置したエリアに宝箱が出現し、侵入者が開けると中のアイテムを持ち帰る。1日1回、自動でリセットされる。すぐに再設置したい場合は1個あたり2DP。次からは1個15DP。頭に入れておく。

宝箱を複数設置することにした。1階に3個。準備期間中は侵入者が来ない。その間は自分で開けて中身を回収できる。回復薬が出たら備蓄しておけばいざというときに使える。


「……いい判断じゃないかな」


誰に言うでもなく、つぶやいた。


次は階層拡張だ。

1→2層目。チュートリアルの範囲内なのでDP消費はない。

 承認する。


管理画面の表示が切り替わった。

 1層だけだったダンジョン構造図に、新しい階層が追加されている。デフォルトは1層目と同じ自然洞窟だ。岩肌の通路が16エリアに広がっている。


「……1層目と同じ洞窟か」


実際に足を運ばなくても、管理画面から全体像を把握できるらしい。ルナリアはしばらく2層目の構造図を眺めた。

このままにしておく手もある。洞窟は視界が限られて通路が狭い。罠との相性がいい。でも、1層目と同じ地形が続くだけでは単調になる。単調なダンジョンは攻略されやすい。同じ攻略パターンが通用し続けるからだ。

だから2層目は別の地形にしたい。


地形変更の項目を開く。チュートリアルの範囲内なのでDP消費はない。

 選択肢が4つ並んでいる。森、草原、坑道、水辺。

ルナリアはしばらくリストを眺めた。

草原は開けすぎている。侵入者の動きを制限しにくい。坑道は1層目の洞窟と似た雰囲気になりそうだ。単調になる。水辺は面白いが、今の戦力では水場を活かす使い方が思いつかない。

残るのは森だ。でも本当に森でいいのか。


森にする理由を、一つずつ確認していく。

一つ目は、ピクシーのためだ。このダンジョンは精霊系の召喚コストが安い。いずれピクシーを中心に増やすつもりでいる。ピクシーは小さくて飛べる。耐久力は低いが、木の陰に隠れながら攻撃できる。洞窟では遮蔽物がなくて真っ先に狙われる。でも森なら違う。落とし穴の近くに待機させておいて、はまった侵入者を上から叩く。そういう使い方ができる。


二つ目は、素材だ。森があれば薬草や素材が取れる。侵入者にとってダンジョンはただ戦う場所じゃなく、素材を手に入れる場所でもある。素材が取れるなら、また来る理由になる。来れば来るほどDPが増える。


三つ目は、広さだ。1層目の洞窟は通路が狭い。モンスターが増えてきたら、2層目の広いスペースで鍛錬させることもできそうだ。


理由が重なるほど、選択に確信が持てる。

 森でいい。いや、森がいい。

管理画面でプレビューを確認すると、岩肌だったフロアが木々の立ち並ぶ空間に変わっていた。


「……思ったより本格的だな」


承認する。


——チュートリアルを完了しました。


達成感というほどではない。でも、ひとつずつこなしてきたものが、ようやく形になった気がした。

アルスがそばに来て、ルナリアの隣に座った。

 管理画面を覗き込んでいる。


「……チュートリアル、終わったよ」


アルスは低く喉を鳴らした。

そのとき、管理画面に別の通知が来た。


——ダンジョン名:未設定


「……あ、名前つけてなかった」


そういえば、一度も気にしたことがなかった。

 ダンジョンマスターとして目覚めた日から、ここはずっと「ここ」だった。


「名前……か」


ルナリアは少し考えた。

 このダンジョンは精霊系のモンスターのコストが低い。属性の適性がある。いつかは精霊系を中心に育てていきたいと、なんとなく思っていた。

だったら——精霊が遊ぶ場所みたいになればいい。

 今はまだ何もない洞窟だけど、いつか。


「……精霊の遊庭」


声に出してみたら、しっくりきた。

 名前欄に入力して、承認する。


「ダンジョン名『精霊の遊庭』を登録しました」


「うん」


短い返事だった。

 でも、ルナリアは少しだけ、嬉しかった。

アルスがこちらを見ている。


「……精霊の遊庭、だって。悪くないでしょ」


アルスは短く喉を鳴らした。

 同意、なのかもしれない。


「ミッション機能が解放されました」


「……ミッション機能?」


「はい。条件を満たすことで報酬を受け取れるシステムです」


「条件って何?」


「……現時点では確認できません」


「発行者は?」


「……不明です」


「不明って、どういうこと?」


「ミッションの発行者を特定できません。報酬の受け取りのみ可能な状態です」


ルナリアはしばらくその言葉を眺めた。

 差出人不明。条件も分からない。なのに報酬だけ届く。


「……なんのミッションなんだろう、それ」



ダンジョンコアは答えなかった。

 代わりに、管理画面に通知が浮かんだ。


——ミッションを達成しました。報酬を受け取りますか?


「……え、もう?」


条件も分からない。発行者も不明。なのに、もう達成している。

 何をしたのか、何が条件だったのか、全く心当たりがない。


「受け取る」


——DP:1000を取得しました。

——アイテム「アバター」を取得しました。

——住居エリア権利書を取得しました。


DP残高:1085。


「……1085」


声に出した瞬間、少しだけ息が楽になった。でも同時に、どこか落ち着かない気持ちもあった。

 急に1000もらっても、誰かに何かを仕込まれているみたいで、素直に喜べない。


「……本当に受け取っていいの?」


「はい。報酬の受け取りに問題はありません」


「……そっか」


まあ、使えるなら使う。今は疑っている余裕もない。

アバターの説明文を読む。ダンジョンマスターの意識を入れて動かす、人形のような存在。見た目はダンジョンマスター本人に近いが、本体はダンジョン内に留まったまま外部で活動できる。


「……これがあれば、外に出られる」


準備期間中はダンジョンの入り口からは出られない。でもアバターは入り口を通らずに動かせる存在だ。


「アバターなら準備期間中でも使える?」


「はい。ただし対戦の準備期間中は使用不可です」


「……本人が直接外に出るのは?」


「準備期間終了後から可能です。ただしダンジョンマスター本人が外出中に死亡した場合、ダンジョンも消滅します。アバターであれば本体への危険はありません」


「……だからアバターがあるんだ」


今すぐ使いたい気持ちはある。でも今日はまだやることがある。


次に住居エリアの説明文を読む。ダンジョン内の任意のエリアを居住空間として設定できる権利。基本的な生活設備が整った空間が用意される。


「……やっと、岩で寝なくて済む」


思わず声に出た。

 目覚めた日からずっと、岩肌の床に座って眠っていた。寒くはなかったが、快適でもなかった。それが変わる。

2→3層目の拡張を承認しようとして、少し考えた。


今は2層しかない。準備期間が終われば侵入者が来る。1層目で食い止められなかった場合、2層目まで踏み込まれる。2層しかなければ、そこが最後の防衛ラインだ。

 それは心もとない。


住居エリアは3層目に置きたい。森に住居を作るのは、なんとなく違う気がする。戦闘フロアと生活空間は分けておいた方がいい。


DPに余裕があるうちにやっておく。後で余裕がなくなってからでは遅い。


消費DP:100。承認する。


DP残高:985。


——2→3層目の拡張が完了しました。


住居エリアを3層目に設定する。管理画面上で1エリアを指定して承認すると、岩肌の一角が簡素だが整った居住空間に変わった。ベッドがある。棚がある。それだけで十分だった。

管理画面を閉じようとしたとき、また通知が来た。


「ライブリンク・フェスティバル・オブ・ダンジョン——通称ダンフェスまで、55日です」


「……なに、それ」


「年2回開催されるダンジョンマスター向けの公式イベントです。ダンジョンコア越しに全ダンジョンマスターへ強制投影されます」


「全員に?」


「はい。内容はランキング発表・ダンジョンランク発表・新規ダンジョンマスターの紹介・担当神の告知です」


「ランキングとランク、違うの?」


「はい。ランキングは現存するダンジョンマスター全員の順位です。ダンジョンランクはダンジョン自体の強さを示す等級で、G・F・E・D・C・B・A・Sの8段階あります」


「今の順位は分かる?」


「現時点での順位はダンフェス開催まで非公開です」


「ランクは?」


「現在、精霊の遊庭はGランクです」


「一番下か」


「はい。ダンジョンのランクより高いランクの冒険者は侵入できません。冒険者も同じランク制です。ダンジョンランクの変動は冒険者ギルドに自動通知されます」


「……つまり今はGランクの冒険者しか来られない」


「はい」


しばらく考えて、別のことを聞いた。


「担当神って?」


「ダンフェスを管轄する神です。この世界の担当として、ダンフェスの進行を取り仕切ります。詳細はダンフェス当日に告知されます」


「……神が管轄してるんだ」


よく分からないが、後で分かることらしい。今は頭の片隅に置いておく。


「……あと、魔素濃度って上がらないの? 最初に見たとき、低いって表示されてたんだけど」


「ダンジョンランクが上がるにつれ、魔素濃度も上昇します。魔素濃度が上がると、時間経過によるDP取得量も増加します」


「……じゃあランクを上げた方がいいよね」


「ダンジョンランクはダンフェスの結果と連動して自動更新されます」


つまり55日後が、最初の節目だ。

DP残高は985。管理画面の召喚リストを開いた。


モンスター名が並んでいる。

 ゴブリン、コボルト、ジャイアントラット、ホーンラビット、スライム、クレイゴーレム、スカイスワロー、ラーヴ、コウモリ、ピクシー。


名前をタップすると特徴と能力値が表示される仕組みらしい。一つずつ確認していく。

ラーヴ。説明文を読んで、プレビュー画像を見た瞬間、管理画面を閉じた。


「……無理」


腰くらいの高さがある大きな幼虫だった。理屈じゃない。体が受け付けなかった。


気を取り直して続ける。

ジャイアントラット、ホーンラビット、スライム。今の段階では使い方が思いつかない。後回しだ。

スカイスワロー。飛行系は面白い。でもピクシーが飛べる。今は森との連携を優先する。そのうち必要になるかもしれないけど、今じゃない。

コボルトは悪くはない。でも人型系を増やすなら、アルスと同じゴブリンの方がまとまりがいいはずだ。

 アルスをちらりと見る。アルスはこちらを見ていた。

 ……たぶん、そっちの方がいいだろう。


残ったのは四種類だ。


ゴブリン。アルスのチームとして前衛の数を揃える。アルスがリーダーとして動ける環境を作りたい。

ピクシー。精霊の遊庭では召喚コストが安い。中距離から魔法を撃てる。2層目の森との相性がいい。耐久力は低いが、配置で補う。

クレイゴーレム。壁役だ。前衛が崩れそうになったとき、時間を稼げる存在が必要だ。動きは遅いが、それがむしろいい。

コウモリ。血を吸われると倦怠感や不快感が出る。侵入者の視点を上に向けられれば、足元の罠への注意が散漫になる。かく乱役として使える。弱いが、弱いなりの使い方がある。


「じゃあ、この四種類から」


ゴブリンを3体召喚する。消費DP:15。

ピクシーを4体召喚する。消費DP:12。

クレイゴーレムを1体召喚する。消費DP:8。

コウモリを2体召喚する。消費DP:4。


DP残高:946。


召喚エリアに光が集まり、次々と姿が現れた。

 ゴブリンたちはすぐにアルスの周りに集まった。ぎゃーぎゃーと騒がしく鳴いている。アルスは少し困惑した様子だったが、追い払いもしなかった。

 ピクシーたちは天井近くをふわふわと飛び回っている。鈴を転がすような声で鳴き交わしながら、魔素の光の中を泳ぐように動いていた。

 クレイゴーレムはゆっくりと形を成した。動かない。ただそこに立っている。

 コウモリは2体とも、すぐに洞窟の天井の暗がりに消えた。


「……思ったより賑やかになったな」


誰に言うでもなく、つぶやいた。

 アルスがこちらを見ていた。低く、短く、喉を鳴らした。


「……よろしくね、みんな」


ゴブリンたちがまた騒がしく鳴いた。

 ピクシーの鈴の音が、洞窟に響いた。


お読み頂きありがとうございます。

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