第28話 陽炎
朝の確認は、いつも通りの順番で行う。
DP残高。侵入者の記録。モンスターの状態。召喚スケジュール。
全部、問題なかった。
次に、通信欄を開いた。
三日前に送った素材交換の打診が、二件。宛先はどちらも、以前取引をしたことのある相手だ。
相談はしない。雑談もしない。でも、双方に利益のある取引はする。それがレイナのやり方だった。だから取引の相手は、何人かいる。
条件は前回と同じ。断る理由のない内容だった。
二件とも、未読のまま返信がなかった。
以前なら、一日も経たずに返ってきていた。
もう一件、別の相手に送った鉱石の買い取り打診。こちらは既読になっていた。返信は、一行だった。
《今回は見送ります》
理由は書かれていなかった。
レイナは画面を見つめた。
前回は、向こうから持ちかけてきた取引だった。条件は変えていない。むしろ今回の方が、相手に有利な内容だ。
断る合理性がない。
データが足りない、と処理しようとした。でも、同じ形の齟齬が、これで三件になった。
三件。偶然と呼ぶには、少し多い。
---
午後、侵入者が来た。Fランクの二人組。炎系の配置で入口から押し返した。損耗なし。手順通りの、いつも通りの対応だった。
処理を終えた時、通知が一件、届いていた。
《対戦結果通知》
《精霊の遊庭(勝利) / 静寂の天蓋(消滅)》
レイナは、その二行を見つめた。
精霊の遊庭。367位。
静寂の天蓋。371位。すぐ近くの順位だった。名前だけは、知っていた。
消滅。
対戦して、負けたということだ。
精霊の遊庭が、勝ったということだ。
レイナはしばらく、その通知を見ていた。
モンスターを失わない運営。データにない判断。効率を無視して、結果を出す人。
その人が、対戦で、相手を消した。
当然だ。対戦とは、そういうものだ。負けた方が消える。それだけの制度だ。
でも、あの通信の声が、頭のどこかで再生された。
いなくなったら、悲しくないですか?
あの人は、相手を消した後、悲しんだんだろうか。
……関係のない思考だった。レイナは画面を閉じた。
---
夕方、ミルティアから通信が来た。
《レイナさん、今、大丈夫ですか》
《何》
《ちょっと、聞いてほしいことがあって……》
いつも通りの入り方だった。
レイナは、自分が少しだけ息を吐いたことに、気づいた。
《どうした》
《今日、何人かの子と話してたんですけど……なんだか、みんな、ぴりぴりしてて》
《ぴりぴり》
《ええと……対戦の話です。精霊の遊庭のルナリアさんが、勝ったって……次は誰が狙われるんだろう、とか、そういう話ばっかりで》
《通知で見た》
《相手の方、消えちゃったんですよね……ちょっと、怖いです。レイナさんは、対戦とか、考えてますか》
《必要になれば、する》
《……レイナさんなら、大丈夫な気がします》
大丈夫な気がする。
その言葉が、少しだけ、引っかかった。ミルティアはレイナの戦力を知らない。知らないのに、大丈夫だと言う。
でも、その引っかかりは、三日ぶりの通信の温かさの中に、すぐに溶けて消えた。
レイナは、話を戻した。
《対戦は、双方の合意で成立する。制度上、当然の結果だ》
《そう、なんですけど……》
ミルティアの言葉が、少し途切れた。
《……みんな、言ってたんです。あの人、モンスターには優しいのに、人には容赦ないって……そういう話を聞いてたら、私も少し、そう思っちゃって》
レイナは、すぐに返信しなかった。
モンスターに優しいのに、人には容赦ない。
その言い方は、事実の一つの切り取り方としては、成立している。でも。
《受けたのは、相手の方の意思でもある》
《あ……そうですよね。ごめんなさい、変なこと言って》
《いや》
《レイナさんと話せて、よかったです。なんか、落ち着きました》
通信が終わった。
---
夜、レイナは記録を整理した。
今日の分の齟齬を、一つずつ並べてみる。
返信の来ない通信、三件。理由のない見送り、一件。
合理性のない拒絶が、静かに積み上がっている。原因になりそうな自分の行動を洗い出したが、該当するものはなかった。
データに、原因がない。
なのに、結果だけがある。
それから、もう一つ。
ミルティアの言葉。モンスターに優しいのに、人には容赦ない。
事実の切り取り方として成立している。でも、切り取る角度が、妙に鋭かった。怖い、と言いながら、その一言は、まるで――
レイナは、そこで思考を止めた。
データが足りない。結論は出さない。
でも、今日は分かったことが一つだけあった。
誰からも返信が来ない三日間の後で、自分はミルティアの通信に、安心した。
その感情だけは、数値にできなかった。




