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第23話 愚者


 朝、管理画面を開くと、コハクがもう膝の上にいた。


「おはよ、コハク」


 コハクが小さく鳴いた。


 昨日のレイナとの通信を、まだ少し考えていた。家族、と言った時の、あの沈黙。悲しさは判断に関係ない、という即答。


 自分とは違う考え方の人。でも、嫌な感じはしなかった。


「コアさん、今日の予定」


「……侵入者の想定は2組。素材の在庫確認が未完了です」


「じゃあ在庫からやろっか」


 午前中は倉庫の整理で終わった。鉱山回廊の産出量が安定してきて、素材が少しずつ積み上がっている。


---


 午後、コアネットに着信が来た。


 《暗幽の廃城 アルカナ》


 今度は、迷わず受けた。


《……この前は切れて悪かった》


 開口一番、それだった。


〈大丈夫でしたか?〉


《……魔素が少し乱れただけ。よくあること》


〈かけ直したんですけど〉


《……忙しかった》


 それだけだった。相変わらず、説明は最小限だった。


〈それで、今日は〉


《……この前の続き》


 ルナリアは少し姿勢を正した。


 言えなかったこともある。あの言葉の続きだ。


《ダンジョンマスター同士の連絡が増えている件。少し調べた》


〈……何か分かったんですか〉


《……何人かのダンジョンマスターと話した。別々の相手なのに、同じ名前が出てくる》


 ルナリアは少し身構えた。


〈……誰ですか〉


 少し間があった。


《……まだ言えない》


〈また、ですか〉


《……確証がない。間違っていたら、その人を疑わせるだけになる》


 ルナリアは少し黙った。


 慎重な人だ、と思った。署名のない手紙を送り続けていた頃から、ずっとそうだったのかもしれない。


《……一つだけ確かなことがある》


〈……はい〉


《その名前を口にした人たちは、全員、その人をかばっていた》


〈かばう……?〉


《……悪く言う人が、一人もいない。全員が、いい人だと言う》


 ルナリアは少し考えた。


〈それって、いいことじゃないんですか〉


《……誰も理由を説明できない。聞くたびに、同じ言葉が返ってくる》


 少し間があった。


《……まるで、自分の言葉じゃないみたいに》


 ルナリアは言葉を返せなかった。


〈……分かりました。確証が出たら、教えてくれますか〉


《……ええ》


---


《一つ聞いていい》


 今度はアルカナから聞いてきた。


〈はい〉


《……最近、紅理の苑から連絡は?》


 ルナリアは少し驚いた。


「来ました。昨日」


「……そう」


「なんで知ってるんですか」


「……知らない。可能性が高いと思っただけ」


「どうして」


「……新人で、一番動きが速い人だから」


 ルナリアは昨日の通信を思い出した。分析のためだ、と言っていた。


「……よく分かりましたね」


「……それで、どうだった」


「どうって……変わった人でした。挨拶もなしに、いきなり質問されて」


「……そう」


 少しの間、沈黙があった。


「……少なくとも、悪人ではない」


 アルカナが、ぽつりと言った。


「……アルカナさんも、そう思うんですか」


「……データしか信じない人は、データで納得すれば動く。厄介なのは、そうじゃない人」


 そうじゃない人。


 その言葉が、少しだけ重く聞こえた。


「……それって」


「……これ以上は、確かめてから」


 通話が切れた。


---


 ルナリアはしばらく、画面を見ていた。


 別々の相手なのに、同じ名前が出てくる。


 聞くたびに、同じ言葉が返ってくる。


 そうじゃない人。


 断片だけが、頭の中に散らばっていた。


 膝の上のコハクが、顔を上げてルナリアを見た。


「……大丈夫。ちょっと考えごと」


 コハクの頭を撫でた。


 いつも通りの午後だった。でも、どこかで何かが、静かに動いている。


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