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第18話 ボイコット


 昨日のアルカナの声が、まだ頭の中に残っていた。


 言えなかったこともある。


 何が言えなかったのか。朝起きてすぐ、コアネットに発信してみた。呼び出し音が数回鳴って、切れた。応答なし。


 もう一度かけた。同じだった。


「……やっぱり駄目か」


 次の通信はいつ来るのか。考えても答えは出なかった。


 ルナリアはしばらく画面を見ていた。それから、管理画面を切り替えた。


 鉱山回廊の採掘ログ。コハクの状態。昨日の侵入者記録。全部問題ない。


 外のことは、続きが来るまで待つしかない。でも今できることはある。


 採掘ログの末尾に、見慣れない通知が来ていた。


 《新素材を採掘しました》

 《マナシルバー×1》


「コアさん、マナシルバーって」


「……銀に近い金属ですが、魔素を吸収・蓄積する性質があります。通常の鉄より加工が難しく、扱える者が限られます」


「鍛冶妖精なら加工できる?」


 少し間があった。


「……把握できません。ただ、鍛冶妖精の技術水準は一般的な鍛冶師を上回ると推定されます」


「じゃあ持っていこう」


---


 工房エリアの扉を開けた。


 鍛冶妖精は、作業台の前に座っていた。


 座っていた。


 いつもなら立って何かしら叩いているのに、今日は腕を組んで座っている。目が合った。細い目でじっとこちらを見てくる。


「……おはよう」


 妖精は答えなかった。腕を組んだまま、視線だけを外した。


「新しい素材が採れたんだけど」


 マナシルバーを取り出した。手のひらの上に銀色の塊が現れた。普通の銀より少し重い。光を当てると、うっすらと青みがかった光が内側から滲んでいる。


「加工できる?」


 妖精は横を向いたまま、動かなかった。


「……見てくれるだけでも」


 動かなかった。


「コアさん、どうしよう」


「……機嫌が悪いようです」


「それはそうなんだけど」


 ルナリアはしばらく考えてから、マナシルバーをもっと妖精の近くに差し出してみた。


 妖精は顔を反対側に向けた。


 ルナリアは回り込んだ。


 妖精はまた反対側を向いた。


「……かなりですね」


「うん……」


 アルスを呼んだ。装備のメンテナンスが必要かもしれない、という名目で。


 アルスが工房に入ってきた。鍛冶妖精を見た。腕を組んで座っている妖精を、しばらく無言で見ていた。


「アルス、お願いできる?」


 アルスがルナリアを見た。何をすればいいか、という顔だった。


「……なんか、言ってみて」


 アルスはしばらく黙ってから、妖精の方を向いた。


 工具を指差した。


 妖精がアルスを見た。じっと見た。


 それから、ため息をついて、また天井を見た。


「アルスでも駄目か」


 アルスは低く喉を鳴らして、出ていった。


 ルナリアはもう一度マナシルバーを差し出してみた。


 妖精は作業台に頬杖をついて、天井を見始めた。


---


 しばらくして、ルナリアは作業台の横にしゃがんだ。


 妖精と同じ目線の高さになった。


「ねえ」


 妖精は天井を見たままだった。


「最近、来なくてごめん。あなたを後回しにしてた」


 少しの間があった。


 妖精がゆっくりと顔を戻した。


 細い目でルナリアを見た。


 マナシルバーに手を伸ばした。


 持ち上げた。


 また置いた。


 工具を手に取った。


 また置いた。


 ルナリアはその場で黙って待った。


 妖精はしばらくそのままだった。


 それからため息をついて、もう一度マナシルバーを手に取った。今度は置かなかった。


---


 作業を見ながら、アルスを呼んだ。


 アルスが工房に入ってきた。鍛冶妖精を見た。素材を見た。それからルナリアを見た。


「今日は武器じゃないかもしれない。マナシルバーで何ができるか、まだ分からないから」


 アルスは低く喉を鳴らした。それでいい、という意味だ。


 金属を打つ音が響き始めた。いつもより少し高い音だった。マナシルバーの密度が違うのかもしれない。


 音を聞きながら、ルナリアはしばらくその場に立っていた。


「コアさん」


「……はい」


「アバターで外に出た時、戦えると思う?」


「……現状では難しいと思います」


「じゃあ、鍛えれば?」


 少し間があった。


「……理論上は可能です。ただ、アバターは本体とは異なり——」


「鍛冶妖精に頼めるかな。アバター用の何か」


 妖精が手を止めた。


 振り返った。細い目でルナリアを見た。


 それから作業台を三回叩いた。順番待てという意味らしかった。


「……今の仕事が終わったら、ってこと?」


 妖精は答えなかった。でも工具を持ち直して、作業に戻った。


---


 音が止んだのは昼過ぎだった。


 妖精が振り返った。作業台の上に、できあがったものを置いた。


 細長い。刃ではなく、棒のような形だ。マナシルバーの青みがかった光が表面に走っている。


「コアさん、これって」


「……マナシルバーの特性を活かした魔導杖の原型のようです。完成品ではありません」


 管理画面に通知が来た。


《新アイテム:マナシルバー杖(未完成)》

《魔素の吸収・放出が可能。完成には追加素材が必要》

《追加素材:精霊石×3・魔力水晶×1(未取得)》


「まだ揃ってない素材がある」


「……魔力水晶は現在ダンジョン内に存在しません」


「そっか……じゃあ、いつか見つけよう」


 ルナリアはアイテムを手に取った。軽い。でも握ると、うっすらと温かい。


「……ありがとう」


 妖精は答えなかった。でも鼻を一度鳴らした。それから作業台を一度叩いた。


「次の素材が揃ったら、また頼んでいい?」


 妖精はもう工具を棚に戻し始めていた。返事はない。でも棚の向きを少し変えて、素材が見やすいように整え直していた。


「……あと、余った素材があったら、自由に作っていいから」


 妖精の手が止まった。


 振り返った。細い目でルナリアを見た。


 それから、また棚に向き直った。でも今度は棚の整え方が、少しだけ丁寧になった気がした。


 アルスが入口で待っていた。ルナリアが出ると、低く喉を鳴らした。


「見てたの?」


 アルスは答えなかった。でも一歩だけ横に寄った。隣を歩けという意味だ。


 ルナリアはアルスの横を歩きながら、マナシルバー杖を管理画面に戻した。


「コアさん、鉱山回廊でまた変わったものが採れたら教えて」


「……はい」


 住居エリアに戻りながら、ルナリアは少しだけ思った。


 工房の音を、もう少し聞いていたかった。


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