第15話 いつも
朝、管理画面を開いたら、見慣れない表示があった。
《コハクの進化条件が満たされました》
「コアさん、コハクが」
「……はい。条件達成です」
ルナリアは少し驚いた。コハクはまだ小さい。膝に乗せるとちょうど収まるくらいの、白い毛玉のような姿のままだった。
「進化先は?」
「……白狐の一択です」
選択の余地はなかった。それでも、ルナリアはコハクの方を見た。
「コハク、いい?」
コハクは答えなかった。代わりに、ルナリアの手のひらに鼻先を擦りつけた。
「……いいってことにするね」
承認した。
光がコハクを包んだ。柔らかい、白い光だった。眩しくはなかった。
光が収まると、コハクは少しだけ大きくなっていた。尻尾がふさふさと一回り豊かになって、目の色が淡い金色に変わっている。それでも、膝に乗ろうとする仕草は変わらなかった。
《白狐:コハク》
《フレーバーテキスト:甘えん坊》
「変わらないね、コハクは」
コハクは一度だけ、ルナリアの頬に鼻先を擦り寄せた。それから、いつものように膝の上に丸くなった。
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午前中は、内政の整理に使った。
召喚スケジュールを確認して、罠の補修箇所を見て回った。クロとシロが2層目を駆け回っている。最近、2匹で示し合わせたように、同じタイミングで侵入者の前に飛び出す動きを覚えていた。
「クロ、シロ、息ぴったりだね」
クロが尻尾を振った。シロは少し遅れて、同じように振った。
アルスは住居エリアの入口で、いつも通り静かに立っていた。ルナリアが近づくと、軽く頭を下げる。
「アルス、おはよう」
アルスは小さく喉を鳴らした。それだけで十分だった。
ブレイブは持ち場で静かに立っていた。こちらを見ると、胸に手を当てて一礼した。
エリンが鈴の音を鳴らしながら通路を漂っていく。
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午後、少し早めに休憩を取った。コハクを膝に乗せていたら、ふと、昨日のことを思い出した。
今度、見せる。
シエルがそう送ってきた一文だった。今度、何を見せるつもりなのか、まだ分からない。でも、悪い予感はしなかった。
「何見せてくれるんだろ」
「……分かりません。データが不足しています」
「コアさんでもそれ言うんだ」
コアさんは何も言わなかった。
コハクが膝の上で大きく伸びをした。
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休憩を終えてすぐ、侵入者が一組来た。Eランクの2人組。
「コハク、行ってみる?」
コハクは耳をぴくりと動かした。それから、するりとルナリアの膝から降りた。
1層目の通路。コハクは新しくなった尻尾を揺らしながら、冒険者の足元をすり抜けるように走った。小さな光の粒が、いくつも宙に散る。前は淡い瞬き程度だったものが、今ははっきりと目で追えるくらいの輝きになっていた。
冒険者の1人が悲鳴を上げて足を止めた。
「な、なんだこの数……! 前と違うぞ!」
もう1人が慌てて庇うように前に出る。
その隙に、クロとシロが左右から回り込んだ。
2人はあっさり撤退を選んだ。
《侵入者対応完了。損耗なし》
「すごいね、コハク」
コハクは戻ってきて、得意げに尻尾を振った。大きくなった尻尾が、ふわりと揺れた。
夕方、コハクと一緒に住居エリアの窓――実際には窓ではなく、スカイスワローの視界を映した板――の前に座った。
地表の景色が広がっている。森と、その向こうに伸びる街道。
いつもの景色だった。
でも、何かが、少しだけ違って見えた。
うまく言葉にできない違和感だった。森の色が少し暗いとか、街道の人通りが少ないとか、そういう具体的な変化ではない。
ただ、空気そのものが、以前と少し違う気がした。
「コアさん、最近、何か変わった気がするんだけど」
「……具体的には」
「分からない。気のせいかも」
コアさんは何も言わなかった。
画面の端、スカイスワローの視界が一瞬だけ乱れた。
森の方角だった。
何かが横切ったような、ごく短いノイズ。
すぐに元の静かな景色へ戻る。
コハクが膝の上で丸くなった。ルナリアはその背中を撫でた。
画面の向こうの景色は、今日も静かなままだった。




