第13話 薄桃の手紙
20260725改稿
その日の午後、ダンジョンマスター通信に、メッセージが届いた。
知らない、名前だった。
《薄桃の庵のミルティアといいます……突然、ごめんなさい》
少し、首を傾げた。後輩だろうか。名前に、聞き覚えはなかった。
「コアさん、薄桃の庵って」
《……2001期のダンジョンです。ランキングは、423位です》
2001期。この前デビューしたばかりの、43人のうちの、一人だ。
通信画面に、戻った。
《ルナリアさんって、367位ですよね……?》
〈うん、そうだけど〉
《すごいです……私、ルナリアさんのこと、ダンフェスで見てて……なんか、優しそうで……それで、話しかけてみたくなって……》
少し、戸惑った。
優しそう、か。自分では、よく分からなかった。画面に映った顔の、何を見て、そう思ったんだろう。
〈あの、何か用があって、連絡してくれたの?〉
《えっと……その……相談できる人が、いなくて……ルナリアさんなら、話を聞いてくれそうだなって、思って……迷惑でしたよね、ごめんなさい——》
〈迷惑じゃないよ〉
返してから、少し考えた。知らない相手だ。でも、困っているらしい。それに——新しい期が始まったばかりの頃、自分も、何も分からなかった。ゴブリン一体を前に、途方に暮れていた。
あの頃の自分と、同じ場所にいる子だ。
〈何を、相談したいの?〉
《ダンジョンのこととか……一人だと、分からないことが多くて……ルナリアさんは、どうやって運営してるのかなって……》
しばらく、画面を見た。
どうやって、か。正直に言うと、毎日、試行錯誤している。うまくいかないことの方が、多い。コアさんに助けてもらっていることも、多い。
〈そんなことないよ。私も、失敗ばかりだよ〉
《367位なのに、ですか……? 私には、とても届かない順位なのに……》
〈順位は、みんなが頑張ってくれた結果だから。私一人の力じゃないよ〉
《みんな……モンスターの、ことですか?》
〈うん〉
少し、間があった。
《ルナリアさんは……同期の人と、話したりするんですか……? 白氷獄の宮のシエルさん、とか……》
〈シエル? うん。たまに、向こうから通信が来るくらいだけど〉
《そうなんだ……ルナリアさんって、他のダンジョンマスターとも話せるんですね……私、なかなか、話しかけられなくて……》
〈私も、自分からは話しかけられないよ。シエルも、向こうから来てくれたから〉
《そうなんですか……ルナリアさんでも、そういうこと、あるんですね》
少し、間があった。
《あの……実は、私……モンスターを、一体も失いたくなくて……でも、それって、甘いですよね……》
手が、止まった。
甘い、か。
同じことを、ずっと、思ってきた。誰かに言われる前に、自分で、何度も思った。それでも、変えなかった。変えられなかった。
〈甘くないと思うよ。私も、そう思ってるから〉
《ルナリアさんも……?》
〈うん。一体も失いたくない。うまくいかないことも多いけど、それだけは、変えてない〉
《……よかった》
〈え?〉
《あ、いえ……そういう人が、いてくれて、よかったなって……私だけじゃ、なかったんだって……》
画面の文字を、しばらく、見ていた。
私だけじゃなかった。
その言葉は、少し、分かる気がした。
《あの……私、また、連絡してもいいですか……? 迷惑じゃ、なければ……》
少し、考えた。知らない相手だ。でも、悪い人には、思えなかった。困っている後輩に、できることをする。それだけの、ことだ。
〈うん、もちろん。また話そう〉
《本当ですか……! ありがとうございます……また、話しかけますね》
通信が、切れた。
しばらく、画面を見ていた。
手紙みたいに、丁寧な文面だった。薄桃の庵からの、小さな手紙。
「コアさん、今の子って」
《……特に問題は、確認できません》
「そっか」
コハクが、足元に来た。その頭を、撫でた。
コハクは何も言わず、ルナリアの足元に、体を寄せた。
「……新しい期の子も、頑張ってるんだね」
一体も失いたくない、と言った、あの子。あの頃の自分より、ずっと、ちゃんと考えている。
誰かの力に、なれた気がした。
コハクが、気持ちよさそうに、目を細めた。
胸の奥が、少しだけ、温かかった。




