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第11話 森の沈黙

20260725改稿


 足跡が、消えた。


 森には、風だけが、流れていた。


 最後に反応を確認できたのは、ダンフェスの翌日だった。街道まで、あとわずか——そこまで近づいて、それきり、だった。


 オリジンバードを毎日飛ばしても、何も見つからない。なぎ倒された木も、大きな足跡も、捕食の痕跡も。


 鳥の鳴き声すら、聞こえなかった。


「コアさん、今日の反応は」


 《……ありません。昨日と、同じです》


「消えた?」


 《……消えたか、潜んでいるか。現時点では、判断できません》


 しばらく、管理画面を見ていた。


 倒せなかった。逃げた。それは、分かっている。でも、どこへ行ったのか。森の奥にいるのか。街道の方へ向かったのか。何も、分からない。


 あれだけ近づいて、消えた。狙いが、分からない。


 分からないことが、一番、怖かった。


「引き続き、飛ばして」


 《……はい》


---


 それから、数日。


 森は、何も語らなかった。


 街道には、旅人の姿が、少しずつ戻り始めていた。検問も、緩んだらしい。世界は、終わったことにし始めている。


 でも、ルナリアだけは、違った。


 あの影が、まだどこかにいる。そう思うだけで、胸の奥が、ざわついた。


「コアさん、本当に、いなくなったと思う?」


 《……判断材料が、不足しています》


「そっか」


 コハクが足元に来た。頭を撫でた。コハクは、何も言わなかった。ただ、寄り添っていた。


---


 夜明け前、管理画面の通知で、目が覚めた。


 《侵入者:1名》


 体が、一瞬、こわばった。——影の、ことが頭をよぎったからだ。


 違った。黒いマントの吸血鬼が、1層目の通路に入ってきて、何かを置いて、振り返りもせずに、出ていった。戦意は、なかった。いつもと、同じ。


「……また、来た」


 《……はい》


 通路の石畳の上に、折りたたまれた紙。ゴブリンに指示して、住居エリアまで、持ってきてもらった。


 開いた。


---


 《街道の件、聞いた》

 《まだ終わっていないと思う》

 《気をつけて》


---


 それだけだった。


 まだ、終わっていない。


 その一文だけで、胸の奥が、少し冷えた。同じことを、考えている人が、いる。


 ……聞いた、って、誰から。


 この人には、何かを「聞く」相手が、いる。うちの街道の件が、話題になる場所が、どこかに、ある。


 そして——気をつけて。


 今までとは、少しだけ、違った。


 どっちが怖いのか、分からなかった。でも、嫌な感じは、しなかった。それが、余計に、分からなかった。


「コアさん、この人、やっぱり、誰なんだろう」


 《……特定できません》


「でも、また来た」


 《……はい。3回目です》


 3回目。


 名前も知らない。顔も、まともに見ていない。それなのに、回数だけが、積もっていく。謎のままの誰かとの、関係だけが。


 紙を折りたたんで、引き出しにしまった。1通目と、2通目の、上に。


---


 ギルドでも、静かな日が続いていた。


 ヴァルカンは、報告書を閉じた。


「先週から、対象の反応なし。街道の被害報告も、ない」


「終わったわけねえだろ」


 ゴレウスが、腕を組んで言った。


「……そうだ。消えただけだ」


 ライゼンは、少し間を置いた。


「……行方不明になった、冒険者二人は」


「まだ、見つかっていない。捜索は、続けている」


 報告書を持つヴァルカンの手に、一瞬、力がこもった。


 誰も、何も言わなかった。


 ヴァルカンが地図を片付けようとした時、ゴレウスが、思い出したように口を開いた。


「そういや、夜に羽の生えた野郎が飛んでるらしいぜ。吸血鬼じゃねえかって、酒場じゃ騒ぎになってる」


「……精霊の遊庭の周辺が多いらしいぜ」


 ライゼンが、窓の外を見た。


 指先が、机を、一度だけ叩いた。


「……精霊の遊庭か」


「何かあるか」


「……いや。偶然でしょう」


 ヴァルカンは、少し考えた。


「引き続き、巡回を継続する。吸血鬼の目撃情報も、収集しろ。以上だ」


---


 ルナリアは、その夜も、管理画面を見ていた。


 街道の方角。反応、なし。足跡、なし。森は、静かだった。


 でも、「まだ終わっていない」という言葉が、頭から、離れなかった。


 コハクが、隣で丸くなっていた。


「コアさん」


 《……はい》


「あれ、本当に終わったと思う?」


 少し、間があった。いつもより、長い間だった。


 《……終わっていない、と、思います》


「……そっか。私も」


 静かな、夜だった。


 管理画面には、今日も、何も映らなかった。


 その沈黙だけが、終わっていないことを、告げていた。


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