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第9話 ダンフェス③

20260724改稿


 届かなかった。


 あと、一歩だった。それでも、逃げられた。


 その事実を、何日も、引きずっていた。


 毎日、オリジンバードを飛ばした。街道の方角へ。近づきすぎないよう、上空の高いところから。


 個体の姿は、見えなかった。でも、痕跡はあった。なぎ倒された木々。大きな足跡。何かを食べた後のような場所。森の中を移動した跡が、日ごとに少しずつ、街道の方向へ、伸びていた。


「コアさん、今日の反応は」


 《……昨日より、街道との距離が縮まっています。ただ、動きは、遅い》


「消耗戦の影響が、残ってるってこと?」


 《……可能性が、あります》


 地図の赤い染みが、じわじわと、動いている。


 自分にできることは、偵察だけだ。痕跡を追うこと。情報を集めること。それだけだ。


 それでも、やめるわけには、いかなかった。


---


 数日後、変化があった。


 足跡が、途絶えた。


 昨日まで続いていた跡が、ある地点で、ぷつりと消えていた。雨に消されたわけでも、ない。森の奥へ続く跡も、ない。


 オリジンバードだけが、森の上を、静かに旋回していた。


「コアさん、足跡が、消えてる」


 《……反応も、薄くなっています。移動したか——あるいは》


「あるいは?」


 《……潜んでいる、可能性があります》


 しばらく、画面を見ていた。


 見えない。でも、いる。そんな気が、した。


「明日も、飛ばして。範囲を、広げて」


 《……はい。ただ、近づきすぎないよう、注意します》


 毎日、飛ばし続けた。足跡は、見つからなかった。


---


 そんな日々が続いていた、ある朝。通知が来る前に、コアさんが言った。


 《……もうすぐ、ダンフェスです》


「……もう、そんなに経つんだ」


 コハクを4層目の奥の寝床に誘導した。コハクが、不満そうに鳴いた。


「ごめん。また後で」


 コハクは、しぶしぶ、丸くなった。


 戻ると、管理画面が、切り替わり始めていた。


---


 《ライブリンク・フェスティバル・オブ・ダンジョン——2001期・前期を開催します》


「はいはい、お疲れさまー。2001期前期のダンフェス、始めるよー」


 ニルムの声だった。いつも通り、軽かった。


「今期の総数は、467名。2001期の新人が、43名デビューしてる。60人来て、43人残りかー。今年は、生存率高い方だねー。おめでとう、新人のみんな」


 43名。


 60人、来て。


 軽い声の隙間に、また、17人分の何かが、挟まっていた。


 自分が始めた時のことを、思い出した。何も、分からなかった。コアさんの声だけが、あった。あの頃の自分と同じ立場の誰かが、今この瞬間、同じ画面を、見ている。


「じゃ、ランキングいこっかー」


---


 《第1位:エルラド》


 変わらない。名前だけが、他と違う色で、そこにある。


 順位が、流れていく。


 《第343位:シエル》

 《ダンジョン名:白氷獄の宮》


「シエルちゃん、また上がったねー。あと、Dランク昇格、おめでとー」


 343位。35位上がって、Dランク。開いたままのウィンドウの、あの人は、もうそんなところにいる。


---


 自分の番が、来た。


 《第367位:ルナリア》

 《ダンジョン名:精霊の遊庭》


「精霊の遊庭、また上がったね。Eランクで、頑張ってるじゃん」


 386位から、367位。19位、上がった。


 数字だけ見れば、小さい。でも、この半年、誰も欠けないまま積んだ数字だ。少しずつ、前に進んでいる。


 シエルは、35位。私は、19位。


 差は、開いていた。


 ……追いつきたい、と思った。思ってから、自分で少し、驚いた。順位を、そんなふうに見たのは、初めてだった。


---


「次、新人枠いくよー」


「2001期、43名デビュー。その中で、一番目立ってるのが、この子ね」


 《第406位:レイナ》

 《ダンジョン名:紅理の苑》


 深紅の、まっすぐな髪。金琥珀色の目。


 無表情——でも、目だけが、忙しく動いていた。表示を読んで、数字を見て、自分の頭で、何かを組み立てている。そういう、目だった。


「紅理の苑。新人で406位は、相当だよ」


 新人で、最初のダンフェスで、406位。


 シエルを初めて見た時と、同じ空気を感じた。いや——それ以上、かもしれない。


 少し、悔しかった。でも、それ以上に、気になった。


「……すごいな」


「コアさん、あの子」


 《……2001期では、現時点で最上位と思われます》


 同期で一番上にいるシエルと、同じ場所に、この子は最初から立っている。


 しばらく、画面を見ていた。


---


「じゃ、残りいくよー。コアネットは引き続き使えるからねー。新人のみんなも、使ってみてね。それじゃみんな、良いダンジョン経営を」


 ニルムの声が、消えた。


 掲示板に、早速、書き込みが流れ始めていた。


 名無しの×××:2001期43名か

 名無しの×××:新人で406位はやばい

 名無しの×××:紅理の苑?

 名無しの×××:ああ、あそこか

 名無しの×××:もう見つかったのかよ

 名無しの×××:新人であれは早すぎる

 名無しの×××:今期の新人、当たりじゃん

 名無しの×××:噂は本当だったわけだ

 名無しの×××:シエルもDランク上がったしな

 名無しの×××:あいつ速いな

 名無しの×××:2000期も強い期だったな

 名無しの×××:次のダンフェス見とこ


 画面を、閉じた。


 367位。少しだけ、前に進んでいた。


「コアさん」


 《……はい》


「新人のみんな、大丈夫かな」


 少し、間があった。


 《……分かりません。ただ》


「ただ?」


 《……ルナリアも、最初は、大丈夫じゃなかったです》


 少し、笑った。


「そうだね」


 遠くでは、新しい誰かが、今ごろ、初めてのダンジョン経営に、戸惑っているのかもしれない。ゴブリン一体を前に、途方に暮れている誰かが。


 4層目から、コハクの鳴き声が聞こえた。怒っている。


「はいはい、今行くよ」


 立ち上がりかけた、その時だった。


 《……ルナリア》


 コアさんの声が、少し、低かった。


 《足跡の反応に、変化が、ありました》


 動きを、止めた。


 地図を、開く。


 赤い染みは——街道まで、あとわずかだった。


 (新しい期が、始まった)


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