表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/101

第8話 届かなかった一撃

20260724改稿


 討伐隊の再出発は、夜明け前だった。


 ギルドの前庭に集まった冒険者は、前回より多かった。手紙の情報が回った結果だ。「消耗戦が有効かもしれない」という話は、すぐに広まった。


 ヴァルカンは、すぐに採用したわけではなかった。独自に偵察を出し、足跡の間隔と捕食の痕跡を確かめてから、ようやく判断を下した。裏が取れたから、使う。それだけのことだった。


「長期戦になる。覚悟しろ」


 ライゼンが小声で言った。ゴレウスが舌打ちする。


「言われなくても分かってる」


「……体力の温存を優先しろ。消耗戦なら、こちらが先に限界を迎える可能性もある」


「分かってるって言ってんだろ」


 ゴレウスはそれだけ言って、前を向いた。それでも、剣の柄を、握り直した。


---


 何度も足を止めながら、森の中を進んだ。


 接触は、昼を大きく過ぎた頃だった。


 最初に来たのは、音だった。重い足音が、地面から伝わってくる。葉が揺れる。木がしなる。風がないのに、空気が、動いている。


 それだけで、ゴレウスの背筋が冷えた。


「来た」


 囁き声で言った。隣で、ライゼンが頷いた。


 木々の間を縫って、黒い影が、ゆっくりと近づいてきた。


 大きい。


 マーダーベアに似ていた。でも、違う。体格は一回り小さいが、腕が異様に長い。地面を引きずるように歩いている。目が、ぼんやりと赤く光っていた。


 そして——呼吸のたびに漏れる白い息が、異様に、多かった。


「あれか」


 ゴレウスが呟いた。


「……静かに。——見てください。息の量」


 ライゼンが囁いた。


「あれだけ吐くのは、普通じゃない。手紙の通りです。あの体は、燃費が悪い。動くだけで、消耗している」


 手紙の通り。ゴレウスは、小さく頷いた。


 しばらく待つと、2体目、3体目が見えてきた。間隔を開けて、同じ方向へ、ゆっくりと移動している。連携している、というより——同じ何かに、引き寄せられているように見えた。


「3体だな」


「……見えている範囲では。他にもいる可能性を、忘れるな」


---


 作戦は、手紙の通りだった。


 直接、攻撃はしない。存在を示して、動きを妨げる。捕食しようとしたら、邪魔をする。その繰り返しで、体力を削る。


 最初は、うまくいかなかった。


 黒い巨体が地面に顔を近づけた瞬間、冒険者が声を上げた。魔物はこちらを見て、唸った。それだけだった。すぐに視線を戻して、また食べようとする。


「……効いてねえじゃねえか」


「……続けろ。じわじわ、削るんだ」


 ゴレウスは、言われた通りに動いた。剣を抜かず、ただ、声を上げて注意を引く。それだけが、今この場でできることだと、分かっていた。


 声を上げる。黒い影が振り向く。また餌へ向かう。また、邪魔をする。


 何十回、繰り返したか、もう誰にも分からなかった。


 その間、ライゼンだけが、時々、視線を外していた。魔物ではなく——その奥の、森の暗がりを、見ていた。


「なに見てんだ」


「……いえ。気のせいなら、いいのですが」


 日が、傾いてきた。


「まだ倒れねえのかよ……!」


 ゴレウスの額から、汗が落ちた。


「もう十分だろ! 斬れば終わる!」


 剣に、手をかけた。


「……駄目だ」


 ライゼンの手が、ゴレウスの腕を掴んだ。


「離せ!」


「……ここで崩すな。あと少しだ」


 ゴレウスは歯を食いしばって、剣から、手を離した。


 直後だった。


 注意を引きに出た冒険者の一人に、長い腕が、薙ぐように、走った。


 間一髪、伏せた。頭の上を、風の塊が通る。構えていた盾が、弾かれて、割れた音がした。


 冒険者は、転がって、下がった。無事だ。でも、その場の全員の背中に、同じことが流れた——あれは、当たれば、終わる。


 それでも、誰も、止まらなかった。


 変化は、確かに、来ていた。


 餌へ伸ばした腕が、途中で止まる。大きく息を吸っても、体が動かない。飢えているはずなのに、一歩踏み出すだけで、全身が震えている。


 巨体の脚が、大きく揺れた。


 一歩。


 二歩。


 踏み出したところで、ぐらりと、傾いた。


「……効いてる」


 誰かが、息を呑んだ。


「一体、膝をついたぞ!」


「倒れるぞ! いけるぞ!」


「押せ!」


 冒険者たちの声が、森に響いた。


 三体とも、動きを止めた。立ち尽くしたように、その場で揺れていた。


 ゴレウスは、剣へ手を伸ばしかけた。もう終わる。あと一歩で、勝てる。


 誰もが、勝利を確信していた。


---


 問題が起きたのは、その直後だった。


 森の空気が、一瞬、張り詰めた。


 森の奥が、白く光った。


 次の瞬間、光線が、木々を貫いた。


 先頭の冒険者が、咄嗟に身を伏せた。すぐ横の木が、焦げた匂いを上げる。


「まだ仲間がいるのか!」


「援護だ! 下がれ!」


 その瞬間、3体が、向きを変えた。森の奥へ、速度を上げて走り出す。


 疲弊し切っていたはずの体が、最後の力を振り絞るように、動いていた。


 飢えて、震えて、倒れる寸前だった獣が——飢えよりも優先する何かに、従っている。


「逃げてる!」


「追え!」


 ゴレウスが走り出した。1体の足がもつれる。倒れそうになる。あと、数歩だ。


 剣を、抜いた。


 その瞬間、奥から、光線が走った。


 ゴレウスの真横の木が、焦げた。


「下がれ!」


 ライゼンが叫んだ。


 ゴレウスは、足を止めた。


 光線の飛んできた森の奥で——何かが、動いた気配がした。


 大きくは、ない。あの3体よりも、ずっと、小さい何かが。


 気配は、すぐに、消えた。


 抜いた剣は、一度も、振られないまま、下ろされた。


 拳を、近くの木に叩きつける。


「くそっ」


 あと、一歩だった。


 静まり返った森に、その声だけが、残った。


---


 ルナリアは、オリジンバードの視野を通して、遠くから、その様子を見ていた。


 近づきすぎないよう、上空の高いところから。小さな人影と、3つの黒い影が、交互に動いているのが見えた。


 影の動きが、どんどん鈍くなっていく。上からでも、分かった。このままなら——。


 最後の瞬間、森の奥から、光が飛んだ。


 魔法だ。


 次の瞬間、オリジンバードのすぐ近くを、何かがかすめた。視界が、大きく回った。


「コアさん」


 《……引き返してください。今すぐ》


 迷わず、指示を出した。オリジンバードが、森の外へ、翼を広げる。背後で、また光が走った気がした。


「コアさん、今のは」


 《……森の奥から、魔法が飛びました。発動体は、不明です》


「逃げるのを、援護してたってこと? 偶然じゃ……ないよね」


 《……可能性は、低いです》


「じゃあ、誰かが、逃がした」


 《……その可能性が、あります》


「じゃあ、指揮している何かが、いる」


 《……指揮官とは、限りません》


 しばらくして、オリジンバードが帰ってきた。羽を確認する。焦げた跡が、あった。かすったのだ。


「お疲れ様。……ごめんね」


 オリジンバードが、手に頭をすりつけてきた。


 しばらく、考えた。


 飢えた獣じゃ、ない。消耗戦が効くと分かっていて、それでも、逃がした。


「コアさん……」


 《……はい》


「……あれ、考えて動いてる」


 《……はい》


「……また、来る?」


 《……分かりません。ただ》


「ただ?」


 《……逃げた方向は森の奥です。ただ——街道との距離は、縮まっています》


 地図を、見つめた。


 このままなら、次に危ないのは、街道だ。行き交う人たちの姿が、頭をよぎった。もし、討伐隊が止められなければ——。


「コアさん、明日も飛ばして。今日より、もっと広く」


 《……はい。ただ、近づきすぎないよう、注意します》


「うん。無理は、しないで」


---


 夜、今日見た光景を、思い返していた。


 手紙の作戦は、機能した。消耗させることが、できた。あと、ほんの少しだった。


 でも、逃げられた。


 悔しい、というより、怖かった。


 役に立てば幸いです、と書いた。役には、立った。あの人たちは、あの紙を信じて、あそこまで、行った。


 あそこまで行かせたのも——あの紙だ。


 もし、あの光線が、木じゃなくて、人に当たっていたら。


 私が送った情報で、人が、死んでいたかもしれない。


 匿名の紙切れ一枚の重さを、今日、初めて知った気がした。


 それでも、明日も飛ばす。


 書くべきことがあれば、また、書く。知っていて黙っている方が、ずっと、怖いから。


 森の奥へ消えた影は、まだ、終わっていない。


 そんな予感だけが、胸に残っていた。


 (新しい期まで、あと53日)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ