第7話 空からの手紙
20260723改稿
冒険者ギルドの本部は、朝から、張り詰めていた。
受付の職員も、依頼を出しに来た冒険者も、誰もが、入口の方を気にしていた。討伐隊が出発してから、三日が経っていた。
「討伐隊、戻ったぞ!」
誰かが叫んだ。
入口から、土と血の匂いをまとった一団が、入ってきた。鎧は泥にまみれ、何人かは、肩を借りて歩いている。後方から、担架が運び込まれた。
ゴレウスが、駆け寄った。
「どうだった」
先頭の隊長格の男が、首を横に振った。目の下が、疲労で落ちくぼんでいる。
「手も足も、出なかった」
「は?」
「接触は、した。だが、歯が立たなかった。撤退するしか、なかった」
ゴレウスが、舌打ちした。
「被害は」
「重傷3名。行方不明2名。死者は、確認できていない。……それだけが、救いだ」
男はそう言って、近くの椅子に、崩れるように座り込んだ。
少し離れた場所から、ライゼンが、静かに聞いた。
「……どんな、個体でした」
隊長は、しばらく黙った。それから、絞り出すように、言った。
「マーダーベアに、似ている。だが、マーダーベアじゃない。図体は、木より少し小さいくらい。それで——腕が、異様に長い」
腕が、異様に長い。
ギルドの喧騒の中で、その言葉だけが、妙に、はっきり聞こえた。
「ギルドの魔物図鑑に、載っていない。それと——1体じゃない」
「複数、ですか」
「最低でも、3体は確認した。連携しているようには、見えなかった。だが——同じ方向に、動いていた」
「魔法の痕跡は」
「ない。純粋な力で、押し通ってくる」
ライゼンは、黙っていた。それから、セオに向いた。
「……何か、気づいたか」
「……いえ。まだ、何とも」
---
その頃、ギルドの裏手で、小さな騒ぎが起きていた。
「おい——鳥が、何か落としていったぞ」
受付係の一人が、叫んだ。
白に近い、銀色の鳥だった。ギルドの中庭の上空を、一度、旋回する。誰かを探すように、静かに、周囲を見渡す。脚に括り付けていた何かを地面に落とすと、職員たちが動き始めたのを確かめてから、翼を広げて、森の方へ、帰っていった。
慎重に近づいた職員が、落ちていた紙を、拾い上げた。
開くと、地図と、短い文章があった。
---
《街道北東で、大きな足跡を確認しました》
《大型の個体は、同じ場所に、長く留まっているように見えました》
《何度も、休憩した痕跡があります》
《役に立てば、幸いです》
---
「……何だ、これ」
差出人の名前は、どこにもなかった。紙はすぐに、ギルドマスターの元へ届けられた。
ヴァルカンは、それを読んで、しばらく黙った。地図に記された場所と、討伐隊の報告の倒壊地点を、見比べる。
「……この紙を届けた鳥は」
「もう、飛んでいきました。落として、すぐに」
「他に、何か」
「いえ。何も」
記された場所は、討伐隊の報告と、ほぼ一致していた。それどころか——討伐隊が見ていなかった範囲まで、含まれている。
ヴァルカンは、手紙をもう一度、見た。
何度も休憩した痕跡。同じ場所に、長く留まる。
「……長距離の移動が、得意ではない可能性がある」
ただの目撃情報では、なかった。読み方次第で、戦術になる。
「次は機動力を重視して接触する。消耗を、狙え」
「差出人は、誰なんです」
「分からん。鳥が、どこから来たのかも」
ヴァルカンは、指でこめかみを叩きながら、地図をもう一度、見た。
「……次の討伐隊に、この情報を渡せ」
「よろしいので?」
「正確な情報には、変わりない。使えるものは、使う」
職員が頷いて、下がっていった。
ヴァルカンは、差出人のない紙を、机に置いた。
「……妙なことも、あるものだ」
独り言のように、呟いた。
---
夜、ライゼンとセオが、ギルドの隅で話していた。
「あの鳥の手紙、誰が送ったんでしょうね」
セオが言った。
「……分かりません。ただ——街道のことを、よく見ていた」
セオは、書き写した地図に、目を落とした。倒壊地点。足跡。休憩の痕跡。それから、空欄のままの、差出人。
「あの鳥、また来るでしょうか」
「分かりません。でも、来てくれた方が、助かります」
少し、間があった。
「……鳥が調べた情報とは、思えません」
「え?」
ライゼンは、窓の外を見た。森の向こうは暗くて、何も見えない。
「足跡の大きさ。滞在の長さ。休憩の回数。——観察して、整理して、必要なことだけを、書いている。これは、誰かの、目と頭だ」
セオが、窓の外を、つられて見た。
「……誰かが、見ている」
ライゼンは、それ以上、何も言わなかった。
松明の灯が、揺れた。討伐隊の再編成の準備は、夜になっても、続いている。
その明かりの中で、ライゼンだけが、別のことを考えていた。
(新しい期まで、あと60日)




