第4話 遠くの音
20260723改稿
あれから、侵入者は、減り続けた。
1組の日が続いて、来ない日が挟まるようになって——そして今日は、昼を過ぎても、まだ、ゼロのままだった。
「コアさん、今日、まだ1組も来てないね」
《……はい。少し、おかしいです》
「おかしい?」
《……いつもであれば、もう何組か、来ている時間帯です》
管理画面を見た。侵入者表示、なし。DP残高の数字も、朝から一度も、動いていない。
侵入者が来ないと、DPが入らない。当たり前のことなのに、改めて数字が止まっているのを見ると、変な感じがした。うちの経営は、来てもらってこそ、なんだ。来てほしいような、来てほしくないような、妙な商売だ。
でも今は、そういう話じゃない気がした。
静かすぎる。
夕方になっても、変わらなかった。
「コアさん、何か、分かる?」
少し、間があった。
《……正確には、分かりません。ただ》
「ただ?」
《……広域探査に、普段とは異なる反応があります。街道の、方角です》
地図を、開いた。
精霊の遊庭から、街道に向かう方向。普段は何も表示されない場所に、薄い、赤い染みが、浮かんでいた。
「……これ、何」
《……魔素の異常波動です。詳細は、分析中です》
赤い、染み。地図の上の、小さな染みなのに、目が、離せなかった。
---
翌日、侵入者が、1組だけ来た。
Eランクの、単独冒険者だった。
ホブゴブリン小隊の視野で、観察した。
……様子が、おかしい。
装備が、荒れている。剣に、刃こぼれ。鎧に、傷が多い。それも、新しい傷だ。
そして、その傷は——うちの罠で、つく形の傷じゃなかった。矢でも、落とし穴でもない。もっと大きな、何かに、削られたような。血は、乾ききっている。今日この場で、ついた傷じゃない。
ここに来る前に、もう、戦っている。
冒険者の動きは、鈍かった。剣を構えるのも、やっとという感じだった。小隊が前に出ると、まともに打ち合わずに、引いた。
そのまま、撤退していった。
——入口の近くで、一度、座り込んだ。
壁に背を預けて、動かない。休んでいる、ようだった。
攻めてきた相手だ。うちのDPを狙って来た人だ。分かってる。分かってるけど——大丈夫かな、と、思ってしまった。
その時、視野越しに、声が聞こえた。独り言の、ようだった。
「……もう、街道なんて、通れねえ」
冒険者は、それ以上、何も言わなかった。しばらくして立ち上がり、去っていった。
「コアさん、あの人」
《……疲弊していました。長時間の、戦闘の痕跡があります》
「ダンジョンに来る、前から?」
《……可能性が、高いです》
ダンジョンに挑む前から、もう、疲れ切っていた。それでも、来た。来ないと、いけない理由が、あったんだろうか。
もう街道なんて、通れねえ。
あの言葉が、頭から、離れなかった。
街道で、何と、戦ったんだろう。
---
その夜、赤い染みが、また、地図に浮かんだ。
前より、濃かった。
「コアさん、これ、何か分かった?」
《……新しい情報が、あります》
「どう?」
《……複数の反応があります。既知の魔物の反応とは、一致しません》
「……今まで、確認されてないもの?」
《……はい。ただ——反応は、点在しています》
点在。
地図の上に、赤い染みが、いくつも散っていた。一つじゃ、ない。街道に沿って、ぽつ、ぽつと。まるで、何かが、少しずつ、広がっているみたいに。
気づけば、森から、クロの走る音が、聞こえなかった。エリンの鈴も、今夜は、鳴らない。シロは定位置から動かず、じっと、入口の方角を見ている。アルスだけが、黙って、巡回を続けていた。
足元で、コハクが、珍しく、尻尾を丸めていた。
その頭を、撫でた。
「……大丈夫」
自分に、言い聞かせるような声に、なった。
侵入者の来ない、静かな夜。少し前までなら、こういう夜を、平和だと思っていた。
——耳を澄ますと、遠くで、かすかに、何かの音がした気がした。
気のせいだと、言い切れない、遠さだった。
今は、この静けさが、長く続く気は、しなかった。
(新しい期まで、あと81日)
お読みいただきありがとうございます。
皆様のおかげで10000PVを達成しました。
本当にありがとうございます。




