第3話 冷たい風
20260722改稿
Eランクの日々は、思ったより早く、体に馴染んだ。
侵入者は、二日に一度は来る。パーティの型を観察して、分断して、返す。ホブゴブリンの補充。罠の張り直し。魔素乱流罠は、あれから二度、後衛の詠唱を潰した。誰も欠けないまま、日々が、積み重なっていく。
コハクは少し大きくなって、それでもまだクロには追いつけなくて、シロのため息は、今日も森のどこかで、白く溶けている。
そんな朝だった。
管理画面を開いたら、ダンジョンマスター通信の通知が、来ていた。
《送信者:シエル(378位)》
シエル。
ダンフェスで2回、見た名前だ。同期で、一番上にいる人。銀髪で、鋭い目つきで——それ以上のことは、何も知らない。
378位。同じ半年で、どうやって、そこまで行ったんだろう。ずっと、少しだけ、気になっていた人だった。
「コアさん、シエルって」
《……同期最上位の、ダンジョンマスターです。378位》
通知を、開いた。
---
《シエル→ルナリア》
《あなたは変です》
---
しばらく、画面を見た。
「コアさん、これ、どういう意味?」
《……分かりません》
「私も、分からない」
返信した。
---
《ルナリア→シエル》
《え、何が?》
---
返信は、来なかった。
10分、待った。来なかった。
「コアさん、既読は、ついてる?」
《……はい》
既読は、ついている。返事は、ない。
もう一度、最初のメッセージを見た。
あなたは変です。
褒めているのか、けなしているのか。それとも、別の何かなのか。
……何が、変なんだろう。
考えてみた。全員生き残らせる戦い方? それは、うちでは普通だ。進化を、本人に決めさせること? あれも、普通だと思っている。モンスターと、追いかけっこを眺めて一日が終わること? ……それは、少し、変かもしれない。
数えているうちに、どれが変なのか、分からなくなった。
通信ウィンドウを、閉じた。
---
午後になって、ようやく、今日最初の侵入者が来た。返して、気づけば、夕方になっていた。
体は、いつも通りに動いた。でも今日は、別のことが、頭の片隅に残っていた。
あなたは変です。
包まない、言い方だ。飾りも、前置きもない。
思ったことを、そのまま言う人は——久しぶりだった。
……少しだけ、懐かしい気がした。
なぜ懐かしいのかは、考えないことにした。
悪い気は、しなかった。なぜかは、分からなかった。
---
夜、コハクを膝に乗せていたら、通知が来た。
《シエル→ルナリア》
《新しい期、楽しみですね》
---
「……話、変わった」
コアさんは、少し間を置いた。
《……はい》
「『何が?』の返事は?」
《……無いようです》
質問は、流された。話は、変わった。それでいて、通信は、続いている。
返信しようとして、止まった。何を返せばいいのか、分からなかった。楽しみ、なんだろうか。新しい期。2001期。増える同業者。噂の「当たり」。
……楽しみというより、少し、怖い。でも、そう返すのも、違う気がする。
結局、返信は、明日考えることにした。
コハクが、尻尾を振った。
吸血鬼の手紙は、引き出しにしまった。あれは、それでよかった。
シエルのウィンドウは——閉じなかった。
開いたままの画面の中で、変です、と、楽しみですね、が、並んでいた。
シエルの言葉は、最後まで、よく分からなかった。
——そういえば。
画面を閉じる前に、ふと、気づいた。
今日の侵入者は、1組だけだった。昨日も、そうだった。
二日続けて、1組だけ。Eランクになれば、増えると思っていたのに。
たまたま、だろうか。
夜の森を、冷たい風が、抜けていった。
画面の隅の映像で、シロが、顔を上げるのが見えた。走っていたクロも、足を、止めていた。
風の抜けていった先——入口の方には、誰も、いなかった。
(新しい期まで、あと92日)




