第2話 白い吐息と黒い爪
20260722改稿
翌日から、内政に集中した。
昨日の戦闘で、分かったことがある。魔法使いがいるパーティには、今の配置では、隙が出る。観察で対処できたけれど、次も同じ手が通じるとは、限らない。
「コアさん、鉱山回廊に、罠を増やしたい」
《……物理罠と魔法罠、どちらですか》
「両方。通路が狭いから、足止め系がいいかな」
《……推奨は、落とし穴型と、魔素乱流罠です。魔素乱流罠は、後衛の詠唱を妨害できます》
「魔素乱流罠。初めて聞いた」
《……Eランクから、解禁されます》
スキルツリーを開くたびに、新しいものが見える。ランクが上がるのは、狙われることだけじゃ、ないらしい。
罠の設置に、取りかかった。鉱山回廊の狭い通路に、落とし穴を3か所。曲がり角には、魔素乱流罠を2か所——杖が持ち上がった、あの瞬間に、詠唱ごと乱すために。昨日の光が、次は、届かないように。
「コアさん、ブレイブの配置は?」
《……4層目入口に、固定配置中です》
コアの前。最後の壁は、最後の場所。それは、変わらない。
「アルスは?」
《……2層目から4層目を、巡回しています》
鬼童になったアルスの、新しい巡回範囲だ。動きに、無駄がなくなった。2層目の森で出くわした冒険者は、たぶん、それだけで足が止まる。
---
午後、コハクが2層目に降りてきた。
クロを見つけた瞬間、一目散に走った。クロが逃げた。コハクが追った。シロが、ため息をつきながら、その後ろを歩いた。
管理画面で、その様子を見ていた。
コハクの足が、速くなっている。孵化した頃より、ずっと。まだクロには追いつけないけれど、それでも2層目の森を、元気に走り回っている。
クロが、コハクを振り切って、止まった。コハクが、ようやく追いついた。息を切らしながら、クロの背中に、顔をうずめた。クロが、嫌そうな顔をした。シロが、その横で、ため息をついた。
「コアさん、クロとシロって、毎日あんな感じ?」
《……コハクが起きている間は、ほぼ、そうです》
「シロが大変だ」
《……苦労人です》
少し、笑った。コアさんが、そういう言葉を使うようになった。
---
夕方、通知が来た。
《シロの進化条件が、満たされました》
「……シロが」
画面を、見直した。クロじゃない。シロの方だ。
2層目に、降りた。クロとシロが、並んで待っていた。コハクが、後ろからついてきた。
「シロ、進化できるようになったよ」
シロが、一度、頷いた。
それから、ふと、思った。クロの進化条件は、とっくに満たされている。あの日、走って行ってしまった、あの子の分が。
「……クロも、一緒にする?」
クロが、尻尾を、大きく振った。
迷いの、ない振り方だった。
……そういうこと、だったのかな。
あの日、クロは走って行った。答えの代わりみたいに、まっすぐ、速く。理由は、クロしか知らないと思っていた。
今なら、少しだけ、分かる気がした。クロが待っていたのは——シロと一緒の、この日だったのかもしれない。
二頭で一つの、流れだから。
「……ほんと、そういうとこだぞ、クロ」
クロは、もう管理画面の光を見ていた。早くしろ、と言いたげな尻尾だった。
「承認する。——二頭、一緒に」
光が、2つ、同時に膨らんだ。
クロの光は、黒みがかっていた。シロの光は、白かった。2つの光が重なって、2層目の森を、照らした。
光が、収まった。
2頭が、いた。
前より、大きい。足が長くなって、体つきが一回り増している。クロの毛色は、より深い黒に。シロの白は、純白に近くなっていた。
クロが、一歩、踏み出した。地面を掻いた爪が、前より深く、黒く、食い込んだ。カルナの爪を継いだ、あの爪ごと、強くなっている。
《ダイアウルフ:クロ》
《フレーバーテキスト:やんちゃ》
《ダイアウルフ:シロ》
《フレーバーテキスト:苦労人》
……苦労人。
さっき、コアさんが言ったのと、同じ言葉が、システムの欄に、載っていた。
「コアさんと、同じこと言ってる」
《……事実の、一致です》
やんちゃと、苦労人。どちらも、変わっていなかった。体が大きくなっても、この二頭は、この二頭のままだ。
コハクが、進化した2頭に、恐る恐る近づいた。クロを嗅ぎ、シロを嗅ぎ——それから、大きくなったクロの背中に、乗ろうとした。
クロが、素早く避けた。
「クロ、コハクが乗りたがってるよ」
クロは、聞いていなかった。コハクが、めげずに追いかけ始めた。大きくなった黒い背中を、小さな白い子が追う——追って、木の根に、つまずいて、転んだ。
クロは、気づかずに走っていった。
先に動いたのは、シロだった。
静かに歩み寄って、転がったコハクを、鼻先で、そっと起こす。コハクが、大きくなった白い体を見上げた。
シロは、ふっ、と鼻から息を吐いた。
白い吐息が、夕方の森に、溶けていった。体が大きくなった分、吐息も、少しだけ大きくなっていた。
進化しても、ため息の音は、変わらなかった。
「……シロ、いつも、ありがとう」
シロが、一瞥して、また前を向いた。
---
夜、4層目の住居エリアに戻った。
「コアさん」
《……はい》
「みんな、強くなってるね」
《……はい》
少し、間があった。
《……ルナリアも》
その言葉に、少しだけ、黙った。
「……そうかな」
《……そうだと、思います》
コハクが足元に来て、尻尾を振った。その頭を、撫でた。
「もうすぐ、新しい期なんだよね」
《……まだ先ですが、そろそろです》
そろそろ。
初日のことを、思い出した。
ゴブリン、一体。それだけだった。声もなかった。名前も、呼ばれなかった。
今は、鬼童がいて、輝石騎士がいて、フェアリーがいて、ダイアウルフが二頭いて、白狐の子がいて——名前を呼んでくれる、声がある。
少しだけ、笑った。
ゴブリン一体から、ここまで来た。
(新しい期まで、あと148日)




