表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/101

第1話 Eランクの朝

20260722改稿


 ダンフェスの翌日、最初の通知が来たのは、昼過ぎだった。


 《侵入者:5名》


 5名。数だけなら、前にも、あった。


「コアさん」


 《……Eランクの、パーティです》


 息を、のんだ。


 Fランクの冒険者とは、装備も、練度も、違う層だ。


 昨日までの相手とは、違う。読み違えたら、今度こそ、誰かが死ぬかもしれない。


 Eランクになって、まだ、1日。


 見られる相手が増える。挑んでくる相手も、強くなる。昨日、自分で言ったことだ。分かっていた。分かっていたけど——もう、来た。


 ホブゴブリン小隊の視野を、開いた。1層目の入口から、5人が入ってくる。前衛3人、後衛2人。後衛の1人が、杖を持っている。


 まず、見る。焦らない。


 5人の動きを、観察した。前衛の連携がいい。互いの位置を把握しながら、進んでいる。後衛は下がりながら、周囲を確認している。斥候がいない。正面突破型の、パーティだろうか。


 罠を、踏んだ。前衛が、素早く対処した。慣れている。


 シャドウバットが天井の影から様子を見る。ラットシャドウが、通路の隅を伝って先行した。相手はまだ、気づいていない。


 《……出しますか》


「もう少し、見てる」


 後衛の魔法使いが、どのタイミングで詠唱するか。それが分かってから、動きたかった。


 2層目の手前で、前衛が、ホブゴブリン小隊に出くわした。


 前衛が、構えた。魔法使いが、杖を持ち上げた。


 今だ。


「ホブゴブリン、下がって」


 小隊が、引いた。でも、一瞬、遅かった。


 光が飛んだ。後退しかけたホブゴブリンに、直撃した。吹き飛んで——視野が、消えた。


「っ」


 死亡記録の欄が、頭をよぎった。


「コアさん——」


 返事まで、一瞬の、間があった。


 その一瞬が、長かった。


 《重傷です。死亡では、ありません》


 息を、吐いた。まだだ。まだ、戦っている。


 前衛が、追ってきた。魔法使いは、詠唱を止めている。狙いが、なくなったからだ。


 ……なるほど。前衛が押し込んでから、後衛が撃つ形か。


 なら、前衛だけを引きつけて、後衛と、分断する。


「アルス、来て」


---


 アルスが、2層目から降りてきた。


 前衛の動きが、一瞬、止まった。レッサーオーガを見て、足が止まったのだ。


 その隙に、小隊が脇から押した。前衛の1人が下がって、陣形が、崩れた。


 後衛との距離が、開いた。


「エリン」


 鈴の音がした。光が収束して、後衛の魔法使いに、直撃した。


 魔法使いが、崩れた。前衛の連携が、乱れた。


 クロが走り込む。シロが後ろを塞ぐ。アルスが、踏み込んだ。


 傷ついたホブゴブリンが、自然に後ろへ下がっていった。代わりに、後続の小隊が前に出る。誰も指示していない。うちの型が、回っている。


 5人が、撤退した。


---


 《侵入者を撃退しました》


 しばらく、動けなかった。心臓が、まだうるさかった。でも、なんとか、なった。


 管理画面を開いた。ホブゴブリン1体が重傷。2体が軽傷。他は、問題ない。


 重傷。思ったより、食らっていた。Eランクの相手は、これが、普通になる。


「みんな、お疲れ様」


 アルスが、低く喉を鳴らした。


 今日は、もう休もう。そう言いかけた、その時——管理画面が、光った。


 《アルスの進化条件が満たされました》


「え?」


 表示を、見直した。見間違いじゃ、なかった。今日の戦闘でか。それとも、積み重ねが、ここで満ちたのか。


「コアさん、進化先は?」


 《……2択です》


 《レッサーオーガ → オーガ》

 《レッサーオーガ → 鬼童》


 2つ。しばらく、画面を見た。


「アルス、見てる?」


 アルスが近づいてきて、管理画面を、覗き込んだ。


 しばらく、2つの表示を見ていた。


 それから、鬼童の方を、指で示した。


「……こっちが、いいの?」


 アルスは、一度、頷いた。


 迷いの、ない指だった。この子は、いつも、自分で決める。進化を保留した日から、ずっと、そうだ。


「分かった。じゃあ」


 承認した。


 光が、アルスを包んだ。白では、なかった。赤みを帯びた、揺らぐような光だった。


 光が、収まった。


 前より、大きい。肌が赤みがかった褐色になって、目の色が、深くなっていた。体つきが一回り厚い。でも、ルナリアを見る目は、変わらなかった。


 《鬼童:アルス》

 《フレーバーテキスト:寡黙》


 寡黙。変わっていない。この子も、この子のままだ。


「……アルス」


 アルスは、低く、短く、喉を鳴らした。


「かっこいいじゃん」


 アルスは、視線を外した。でも、耳が少しだけ、赤くなった気がした。


 しばらくして、アルスが、こちらを見た。まっすぐに。


「……強い」


 固まった。


 低くて、掠れていて、短い——でも、確かに、言葉だった。


 初めて聞いた、アルスの声だった。


「え、今、喋った?」


 アルスは、視線を外した。また、耳が赤くなった。


「コアさん、今、アルスが」


 《……はい。進化に伴い、発声機能が、向上したようです》


「アルス、もう一回、言って」


 アルスは、動かなかった。


「……言わないんだ」


 でも、いい。一回で、十分だった。あの声は、もう、忘れない。


 最初の言葉が、「強い」。守ります、でも、主、でもなく。誰のことを言ったのかは、聞かなかった。聞かなくても、なんとなく、分かる気がした。


---


 夜、コハクを膝に乗せながら、今日のことを整理していた。


 前衛が押し込んでから、後衛が撃つ。それが分かったのは、大きい。逆に言えば、前衛と後衛を引き離せれば、魔法は来ない。


 次も同じパーティが来るとは、限らない。でも、観察すれば、何かが見えてくる。


 それは、変わらない。


 そこに、通知が来た。


 《侵入者:1名》


 また来たのか、と思った瞬間、コアさんの声がした。


 《……吸血鬼系です。戦意は、ありません》


 あの、吸血鬼だ。


 しばらくして、ラットシャドウが、何かを運んできた。折りたたまれた、紙。


 開いた。


 《また、退屈しなさそうなことを、やっているね》

 《鬼の子は、良い目をしている》


 署名は、なかった。


 紙を、しばらく見た。


 鬼の子。アルスのことだ。今日、進化したばかりの。


 ……見てたんだ。進化まで。今日の、全部を。


「コアさん、誰か、分かる?」


 《……特定できません》


「そうだよね」


 紙を折りたたんで、前の手紙と、同じ引き出しにしまった。捨てる気には、なれなかった。


「コアさん」


 《……はい》


「今日は、大丈夫だったね」


 少し、間があった。


 《……今日は、大丈夫でした》


 今日は。


 コアさんの「今日は」が、胸の中で、しばらく響いていた。


 コハクが、尻尾を振った。その頭を、撫でた。


 今日も、誰も、欠けなかった。


 明日も、そうでありますように。


 (新しい期まで、あと150日)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ