第1話 Eランクの朝
20260722改稿
ダンフェスの翌日、最初の通知が来たのは、昼過ぎだった。
《侵入者:5名》
5名。数だけなら、前にも、あった。
「コアさん」
《……Eランクの、パーティです》
息を、のんだ。
Fランクの冒険者とは、装備も、練度も、違う層だ。
昨日までの相手とは、違う。読み違えたら、今度こそ、誰かが死ぬかもしれない。
Eランクになって、まだ、1日。
見られる相手が増える。挑んでくる相手も、強くなる。昨日、自分で言ったことだ。分かっていた。分かっていたけど——もう、来た。
ホブゴブリン小隊の視野を、開いた。1層目の入口から、5人が入ってくる。前衛3人、後衛2人。後衛の1人が、杖を持っている。
まず、見る。焦らない。
5人の動きを、観察した。前衛の連携がいい。互いの位置を把握しながら、進んでいる。後衛は下がりながら、周囲を確認している。斥候がいない。正面突破型の、パーティだろうか。
罠を、踏んだ。前衛が、素早く対処した。慣れている。
シャドウバットが天井の影から様子を見る。ラットシャドウが、通路の隅を伝って先行した。相手はまだ、気づいていない。
《……出しますか》
「もう少し、見てる」
後衛の魔法使いが、どのタイミングで詠唱するか。それが分かってから、動きたかった。
2層目の手前で、前衛が、ホブゴブリン小隊に出くわした。
前衛が、構えた。魔法使いが、杖を持ち上げた。
今だ。
「ホブゴブリン、下がって」
小隊が、引いた。でも、一瞬、遅かった。
光が飛んだ。後退しかけたホブゴブリンに、直撃した。吹き飛んで——視野が、消えた。
「っ」
死亡記録の欄が、頭をよぎった。
「コアさん——」
返事まで、一瞬の、間があった。
その一瞬が、長かった。
《重傷です。死亡では、ありません》
息を、吐いた。まだだ。まだ、戦っている。
前衛が、追ってきた。魔法使いは、詠唱を止めている。狙いが、なくなったからだ。
……なるほど。前衛が押し込んでから、後衛が撃つ形か。
なら、前衛だけを引きつけて、後衛と、分断する。
「アルス、来て」
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アルスが、2層目から降りてきた。
前衛の動きが、一瞬、止まった。レッサーオーガを見て、足が止まったのだ。
その隙に、小隊が脇から押した。前衛の1人が下がって、陣形が、崩れた。
後衛との距離が、開いた。
「エリン」
鈴の音がした。光が収束して、後衛の魔法使いに、直撃した。
魔法使いが、崩れた。前衛の連携が、乱れた。
クロが走り込む。シロが後ろを塞ぐ。アルスが、踏み込んだ。
傷ついたホブゴブリンが、自然に後ろへ下がっていった。代わりに、後続の小隊が前に出る。誰も指示していない。うちの型が、回っている。
5人が、撤退した。
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《侵入者を撃退しました》
しばらく、動けなかった。心臓が、まだうるさかった。でも、なんとか、なった。
管理画面を開いた。ホブゴブリン1体が重傷。2体が軽傷。他は、問題ない。
重傷。思ったより、食らっていた。Eランクの相手は、これが、普通になる。
「みんな、お疲れ様」
アルスが、低く喉を鳴らした。
今日は、もう休もう。そう言いかけた、その時——管理画面が、光った。
《アルスの進化条件が満たされました》
「え?」
表示を、見直した。見間違いじゃ、なかった。今日の戦闘でか。それとも、積み重ねが、ここで満ちたのか。
「コアさん、進化先は?」
《……2択です》
《レッサーオーガ → オーガ》
《レッサーオーガ → 鬼童》
2つ。しばらく、画面を見た。
「アルス、見てる?」
アルスが近づいてきて、管理画面を、覗き込んだ。
しばらく、2つの表示を見ていた。
それから、鬼童の方を、指で示した。
「……こっちが、いいの?」
アルスは、一度、頷いた。
迷いの、ない指だった。この子は、いつも、自分で決める。進化を保留した日から、ずっと、そうだ。
「分かった。じゃあ」
承認した。
光が、アルスを包んだ。白では、なかった。赤みを帯びた、揺らぐような光だった。
光が、収まった。
前より、大きい。肌が赤みがかった褐色になって、目の色が、深くなっていた。体つきが一回り厚い。でも、ルナリアを見る目は、変わらなかった。
《鬼童:アルス》
《フレーバーテキスト:寡黙》
寡黙。変わっていない。この子も、この子のままだ。
「……アルス」
アルスは、低く、短く、喉を鳴らした。
「かっこいいじゃん」
アルスは、視線を外した。でも、耳が少しだけ、赤くなった気がした。
しばらくして、アルスが、こちらを見た。まっすぐに。
「……強い」
固まった。
低くて、掠れていて、短い——でも、確かに、言葉だった。
初めて聞いた、アルスの声だった。
「え、今、喋った?」
アルスは、視線を外した。また、耳が赤くなった。
「コアさん、今、アルスが」
《……はい。進化に伴い、発声機能が、向上したようです》
「アルス、もう一回、言って」
アルスは、動かなかった。
「……言わないんだ」
でも、いい。一回で、十分だった。あの声は、もう、忘れない。
最初の言葉が、「強い」。守ります、でも、主、でもなく。誰のことを言ったのかは、聞かなかった。聞かなくても、なんとなく、分かる気がした。
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夜、コハクを膝に乗せながら、今日のことを整理していた。
前衛が押し込んでから、後衛が撃つ。それが分かったのは、大きい。逆に言えば、前衛と後衛を引き離せれば、魔法は来ない。
次も同じパーティが来るとは、限らない。でも、観察すれば、何かが見えてくる。
それは、変わらない。
そこに、通知が来た。
《侵入者:1名》
また来たのか、と思った瞬間、コアさんの声がした。
《……吸血鬼系です。戦意は、ありません》
あの、吸血鬼だ。
しばらくして、ラットシャドウが、何かを運んできた。折りたたまれた、紙。
開いた。
《また、退屈しなさそうなことを、やっているね》
《鬼の子は、良い目をしている》
署名は、なかった。
紙を、しばらく見た。
鬼の子。アルスのことだ。今日、進化したばかりの。
……見てたんだ。進化まで。今日の、全部を。
「コアさん、誰か、分かる?」
《……特定できません》
「そうだよね」
紙を折りたたんで、前の手紙と、同じ引き出しにしまった。捨てる気には、なれなかった。
「コアさん」
《……はい》
「今日は、大丈夫だったね」
少し、間があった。
《……今日は、大丈夫でした》
今日は。
コアさんの「今日は」が、胸の中で、しばらく響いていた。
コハクが、尻尾を振った。その頭を、撫でた。
今日も、誰も、欠けなかった。
明日も、そうでありますように。
(新しい期まで、あと150日)




