第23話 白い吐息
20260720改稿
夜になって、管理画面に、通知が来た。
《クロの進化条件が、満たされました》
画面を、しばらく、見ていた。
うれしい通知の、はずだった。強くなる。死ににくくなる。いつもなら、すぐに承認していた。
なのに、指が、動かなかった。
理由は、自分でも、よく分からなかった。
「……コアさん、シロは、今どこ?」
《……2層目です》
なんでシロ、と自分でも思った。でも、足は、もう2層目に向かっていた。
---
2層目の森は、静かだった。
コハクとクロは、寄り添って眠っていた。コハクがクロの背中に半分乗り上げていて、クロは、されるがままだった。
シロが、いた。
木の根元に座って、じっとしている。眠っていない。目は開いていて、森の全体を、ゆっくりと見回していた。眠る二体。通路の入口。エリンの光が届く範囲。それから、また、二体。
いつもの夜も、こうしているんだろう。誰にも頼まれずに、誰にも気づかれずに。
近づいた。シロは、動かなかった。来ることが分かっていたみたいに。
ふっ。
鼻から、息を吐いた。白い吐息が、魔素の光の中に、ゆっくりと溶けていった。
「シロ」
シロが、こちらを見た。
「……シロは、いつも、そうだよね」
シロは、首を少し、傾けた。
「クロが無茶しても——」
そこで、言葉が、止まった。
カルナ戦の、あの瞬間が浮かんだ。傷んだ足で、囲みの一番厚いところへ、頭から突っ込んでいった黒い体。あの時、真っ先に位置を捨てて庇いに入ったのは、シロだった。
言葉にすると、重くなる。だから、やめた。
「……まあ、シロが、いるもんね」
シロは、何も言わなかった。ただ、前を向いた。クロが眠っている方を、少しだけ、見た。
「……分かりやすいなあ」
シロの耳が、少し、動いた。
木の根元に、座った。シロの、隣に。
「いつも、ありがとう」
シロが、体を、少しだけ、こちらに寄せた。
しばらく、二人で、並んでいた。
魔素の光が、ゆっくりと揺れている。エリンの鈴の音が、遠くで聞こえた。クロが寝返りを打って、シロがその方を一瞬だけ見て、また前を向いた。コハクが、ずり落ちて、クロの隣で丸くなった。
……みんな、ここにいる。
シロが、ちらりと、こちらを見た。
「……なに」
シロは、また、前を向いた。
ゆっくりと、立ち上がった。
シロが、ルナリアの手を、鼻先で、そっと押した。
「……おやすみ、シロ」
シロはまた、ふっと、鼻から息を吐いた。
今度は、少し、軽かった。
---
3層目に上がると、コハクが起きていた。棚の下から、駆け寄ってくる。
「あれ、起きちゃったの」
コハクが、足に頭をすりつけてきた。それから、階段の方を見て、下りたそうに、そわそわした。
「駄目だよ。クロは、もう寝てる。それに、下の階は、遊ぶ場所じゃないの」
抱き上げて、棚の近くに下ろす。コハクは少し不満そうに尻尾を揺らして、それから、諦めたように、丸くなった。
「おやすみ、コハク」
管理画面を、開いた。
クロの進化通知が、まだ、残っていた。
少しだけ、指が、止まった。
クロが、進化する。喜ぶべき、通知だ。
アルスも、ブレイブも、進化しても、あの子たちのままだった。だから、大丈夫。分かってる。
なのに——さっきの森が、頭から、離れなかった。眠るクロと、それを見ているシロ。二頭で一つの、あの流れ。あの無邪気な寝顔のまま、明日も走る保証を、誰かがくれるわけじゃない。
分かってるのに、すぐに、はい、と押せなかった。
通知を、閉じた。
急ぐことじゃない。明日、二頭の顔を見てから、決めよう。
やることは、まだ、ある。




