表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/99

第22話 白い朝

20260720改稿


 朝、管理画面を開いた瞬間、通知が来た。


 《卵に、異常な変化を確認しました》


「コアさん!」


 《……孵化が、始まっています》


 3層目に、駆け上がった。


 棚の上の卵が、震えていた。


 前より大きく。前より速く。光の粒が、卵の表面を走っている。白い。温かい。ずっとそうだった。でも、今日は違う。卵全体が、呼吸しているみたいだった。


「コアさん、何か、することある?」


 《……見守って、ください》


 棚の前に、座った。両手を、膝の上に置いた。


 ただ、見ていた。


 ひびが、入った。


 細い線が、卵の表面を走る。一本。また、一本。光の粒が、線に沿って集まっていく。


 息を、止めた。


 割れた。


 光が、あふれた。一瞬、何も見えなくなった。


 光が、収まった。


 すぐには、目を開けられなかった。


 毎晩、手を当てた。毎晩、話しかけた。コツ、と一度だけ返ってきた日のことも、静かなままだった夜のことも、全部、覚えている。


 目を、開けた。


 棚の上に、小さなものが、いた。


 白かった。


 小さな、狐だった。手のひらに収まるほどの大きさで、全身が白い毛に覆われている。耳が大きい。尻尾が一本、ふわふわと揺れていた。


 その子が、ルナリアを見た。


 黒くて、丸い目だった。しばらくじっとこちらを見て、それから——くしゃみを、した。


「……かわいい」


 思わず、声が出た。


 出てから、自分で、少し驚いた。


 今まで、うちの子たちのことは、どこかで戦力として考えていた。アルスは右腕。ブレイブは壁。クロは速さ。シロは支え。エリンは魔法。大事で、大好きで、でも、最初に見る場所は、いつもそこだった。


 この子に、最初に出た言葉が、それだった。


 かわいい。


 小狐はくしゃみの後、真剣な顔でこちらを見て、ゆっくりと棚の端まで歩いてきた。そして、ルナリアの膝に、ぽとりと、飛び降りた。


「……え」


 小さいのに、確かな重さがあった。温かい。毛が、やわらかい。卵の頃から手のひらに感じていた温かさと、同じ温かさだった。


 帰ってきたら、絶対、見せてあげるからね——殻の中の子に、そう約束していた。


 見せる必要は、なくなった。この子の方から、会いに来てくれた。


「コアさん、この子……」


 《……種族:白狐の幼体です》


「白狐」


 膝の上で、小狐がまた、くしゃみをした。それから、ルナリアの指先を、鼻でつついた。


「……くすぐったい」


 尻尾が、揺れた。


 しばらく、ただ、見ていた。毎日、魔力を込めながら、待っていた。誰も失わないくらい、強い子だといいな、と願っていた。


 生まれてきたのは、手のひらに乗る、小さくて、白い子だった。


 願いとは、違うのかもしれない。


 ……でも。


 強くなくて、いい。生まれてきてくれた。それだけで、もう、十分だった。


「名前、つけていい?」


 《……名前付き枠が、不足しています。SP2で、1枠追加できます》


 迷わなかった。


「追加する」


 《名前付き枠を追加しました。現在:6/6》


 名前の入力欄を開く。小狐が、入力しようとする指先を、じっと見ていた。


 白い、狐。


 狐と、白。


 ……こはく。


 口の中で転がしてみて、少し、笑ってしまった。ひっくり返しただけだ。単純すぎるだろうか。


 でも、白い狐、そのままの名前だ。この子が、この子であることの、名前。


「コハク」


 《名前「コハク」を付与しました》


 コハクが、尻尾を一度、大きく振った。


「白狐をひっくり返して、コハク。……よろしくね、コハク」


 コハクが、ルナリアの手に、頭をすりつけた。


---


 コハクを抱えて、1層目に降りた。


「アルス、ちょっと来て」


 巡回から戻ってきたアルスが、コハクを見て、足を、止めた。


 コハクが、アルスを見た。しばらく、お互いを、じっと見ていた。


 コハクが、小さな前足を、アルスの方に伸ばした。アルスは、動かない。コハクが、アルスの太い腕に、顔をすりつけた。


 アルスが、低く、喉を鳴らした。


「……気に入られたみたい」


 アルスは、何も言わなかった。でも、大きな手が、コハクの頭の上に、そっと、乗せられた。


 コハクが、目を細めた。


---


 入口では、ブレイブが待っていた。


 コハクが、輝石騎士の大きな体を、ぽかんと見上げる。それから——胸の輝石に映った、自分の姿に気づいた。


 毛を、逆立てた。小さく、威嚇の声を上げる。輝石の中の白い子も、同じ格好で威嚇し返してくる。コハクが、跳び退いた。


「それ、コハクだよ」


 コハクは、しばらく輝石の中の自分と睨み合ってから、恐る恐る、もう一度近づいた。ブレイブは、その間、微動だにせず、されるがままでいた。


 律儀に、じっとしている大きな体と、輝石に映る自分に夢中の小さな体。しばらく、笑いを噛み殺しながら、見ていた。


---


 2層目に降りると、クロが、真っ先に気づいた。


 コハクを、くんくんと嗅ぎ回る。コハクが、びっくりして後ずさる。クロが、また近づく。コハクが、逃げる。クロが、追いかける。


「クロ、驚かせないで」


 クロは、全く聞いていなかった。コハクも途中から楽しくなってきたらしく、逃げながら、尻尾を振っていた。


 シロは、少し離れた場所で、二体を見ていた。


 コハクが、シロに気づいて、近づいていく。シロは、動かずに、待っていた。コハクが、シロの白い毛に、顔を、うずめた。


 シロが、低く、唸った。


 怒っている音じゃ、なかった。受け入れている音だった。


 クロと、シロと、コハク。三体が、2層目の森の中に、いた。


 ルナリアは、それを、しばらく、ただ見ていた。


「コアさん」


 《……はい》


「みんな、ここにいるね」


 少し、間があった。


 《……はい。みんな、います》


 コハクが寝転んで、クロの背中に乗ろうとしていた。クロが嫌がって、逃げた。シロが、ため息みたいな息を、吐いた。


 ルナリアは、笑った。


 やることは、まだ、ある。でも、今日だけは、この白い朝が、ゆっくり過ぎていけばいいと、思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ