第21話 星に願いを
20260720改稿
夜だった。
主の言葉が、離れなかった。
——私は、ブレイブがいなくなるのが、嫌だよ。
その意味を、ずっと考えていた。今まで、そんなことを言われたことが、なかった。守れ、なら分かる。頑張ったね、も分かる。でも、いなくなるのが嫌だ、は——僕が守る側じゃなくて、守られる側みたいな、言葉だった。
いつもの入口に、立っていた。今夜は、そこに立っていることが、少しだけ、苦しかった。
その時、また、呼ばれた。
名前を、呼ばれたような、あの感じ。声じゃない。音でもない。でも、確かに、こっちを向いている。
足が、勝手に動いた。
---
3層目。住居エリアの、棚の前。
それは、あった。
丸い、球体の宝石。透明に近い色で、でも内側で、何かが揺れている。光じゃない。もっと、深いもの。
呼んだのは、これだった。
理由は、分からない。でも、間違いない。目が覚めた時から誰かに呼ばれていたみたいに、この揺れる何かは、まっすぐ、僕を見ていた。
棚の前に、立った。
動けなかった。ただ、見ていた。
近づいた分だけ、内側の揺れが、少しだけ、速くなった気がした。僕に、応えるように。
夜が更けても、僕は、動かなかった。呼ばれた理由は、分からない。それでも、離れられなかった。
---
朝の気配がして、主が3層目に上がってきた。
僕の背中を見て、足音が、一瞬、止まった。
「……ブレイブ?」
振り返れなかった。何と説明すればいいのか、分からなかったから。説明の声も、僕には、ないから。
主が、隣に来た。僕の視線の先を、たどった。
「……これが、見たいの?」
主が、宝石を手に取った。
「拡張した日に、見つけた宝石だ。アルスが拾って、渡してくれた——ずっと、何か分からなかった子」
少し笑って、それから、手のひらに乗せて、僕に、差し出した。
「はい」
それだけだった。何に使うのか、どうなるのか、主も分かっていないはずだった。それでも、差し出してくれた。
僕は、少しの間、動けなかった。
潰れた盾を、思い出した。二回、飛ばされた。受け流しても、膝が落ちた。守るはずが、傷つけさせた。主に、あんな声を出させた。
それから——その盾に、そっと触れた、主の手の温かさも、思い出した。
一回だけ、届いた。九回、届かなかった。
次は、違う。
下げられる前に、止める。立つだけじゃなく、考えて、守る。もっと強く。もっと、うまく。この名前に、追いつく。
胸を、一度、叩いた。
それから、宝石に、手を伸ばした。
触れた瞬間——光った。
内側で揺れていた何かが、一気に膨らんだ。宝石全体が白く輝いて、透明だった色に、深い蒼が宿っていく。光の粒が溢れて、僕の手を伝って、腕の表面を、走った。
主が、息をのんだ。
「コアさん、今の」
《……アイテムの変化を、確認しました。このような事例は、記録に、ありません》
《……解析中です》
長い、間があった。
《名称を、確認しました。——《決意の輝石》。内部の構成は、分析できません。ただ——ブレイブと、共鳴しています》
「……ブレイブ」
主が、僕を見た。
「どうなるかは、分からないって。……それでも」
一度、言葉を切って、まっすぐ、僕を見た。
「ブレイブ。信じても、いい?」
主を見た。それから、遠くの入口の方を——潰れた盾を置いてきた場所を、見た。
もう一度、主を見て、頷いた。
---
光が、僕を包んだ。
白くて、温かい光だった。体の奥から、何かが変わっていく。痛くは、ない。ただ、ずっと重かったものが、少しだけ、軽くなる感覚があった。
光が、収まった。
自分の体を、見た。
岩肌の灰色じゃ、なかった。深い蒼みを帯びた輝きが、全身にある。胸の中央に、あの輝石が、嵌まっていた。内側で、光が、静かに揺れている。
手を、握った。開いた。前より、力が入る。
《輝石騎士:ブレイブ》
《フレーバーテキスト:不屈》
《新スキル:輝石生成魔法》
不屈。
変わっていなかった。それが、うれしかった。体が変わっても、僕は、僕のままだった。
主が、小さく息を吐いた。
「……良かった」
声が、震えていた。
「本当に。本当に、良かった」
主を、見た。
言いたいことが、あった。いつも、そうだ。言いたいことがあって、声が、出ない。
ありがとう。今度こそ、守る。あなたのことも。
全部、言えない。
だから、胸の輝石を、一度、手で押さえた。
主が、それを、見ていた。
僕の手と、胸の輝石を見て、それから、入口の方へ、目を向けた。
戻ってきた視線が、僕と、合った。
主が、笑った。小さく。でも、確かに。
「……うん。分かった」
伝わったのだ。
声が、なくても。
---
入口へ、戻った。
後ろに、主の気配があった。ずっと、見送ってくれていた。
いつもの場所。いつもの向き。でも、胸に、輝石がある。前とは、違う。
立つだけの盾じゃない。考える。工夫する。守り方を、増やす。この光は、たぶん、そのための力だ。使い方は、まだ分からない。これから、覚える。
主に、もう、あんな顔をさせない。
そう思った瞬間、胸の輝石が、静かに、光った。
まるで、返事みたいに。




