第20話 伝えられない言葉
20260719改稿
仲間が、危なかった。気づいたら、前に出ていた。たくさん、傷ついた。
それでも——僕には、守るものが、あった。
その夜、主が名前をつけてくれた。ブレイブ。うれしかった。その名前を、僕は、気に入っている。
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名前をもらってから、少し、変わった。自分が何者か、分かった気がした。
あの夜のことは、覚えている。侵入者は、6名だった。今までで、一番多かった。疲れていたアルスたちの横を、僕は通り過ぎて、前に出た。剣が来た。腕が、欠けた。それでも、止まらなかった。
なぜ止まらなかったのか。
後ろに、みんながいたから。僕が体を張れば、立て直す時間が生まれる。それだけ、分かっていた。
主が「頑張ったね」と言った。
その言葉は、今でも、覚えている。
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それから、ずっと、入口に立っていた。
主のダンジョンは、少しずつ変わっていった。仲間が増えた。アルスは剣を持った。エリンは羽が増えた。クロは速くなって、床を引っかく音が、変わった。
僕は、変わっていないと、思っていた。
入口に立って、前を向く。誰かが来れば、前に出る。体を張る。みんなを守る。それだけで、よかった。
ブレイブ、という名前に、恥じないように。
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ドーグ戦のことを、思い出す。
主が言った。「お願い。みんなを、守って」
盾を、叩いた。任せろ、と言いたかった。声は、出ない。でも、伝わったと、思った。
ロックボアが、来た。
アルスなら、別の受け方を思いつくのかもしれない。エリンなら、遠くから撃てる。クロなら、速さで躱せる。でも、僕にできることは、一つしかない。前に出る。盾を構える。足を、踏ん張る。
吹き飛んだ。
後ろのホブゴブリンに、激突した。みんなを、巻き込んだ。守るはずが、傷つけて、しまった。
それでも、立った。二度目は、考えた。真正面から受けたから、飛ばされた。なら、受け流す。足の位置を変えて、盾の角度を、倒す。
止まった。ほんの数秒、あの大きいのが、止まった。
うれしかった。でも、そこまでだった。膝が、落ちた。腕が、震えて、上がらなかった。次は、受けられない。それが、自分で、分かってしまった。
主の声がした。「下がれって、言ってる!」
立とうとした。前に、出ようとした。
体が、勝手に、後ろへ動いた。強制移動だ。主が、下げたんだと、分かった。
離れていく視界の中で、エリンが光を放つのが見えた。周りからも、光が集まった。それでも、あの大きいのは、前に出た。その先に、下がりきれていないホブゴブリンがいた。
気づいたら、また、前に出ていた。
膝は、まだ笑っていた。それでも、潰れた盾を、斜めから押し当てた。あの大きいのが、傾いて、倒れた。光が、重なった。終わった。
最後の一回だけ、役に、立てた。
でも。
最初から、あの受け方が、できていたら。僕がもっと強かったら。ホブゴブリンは傷つかなかった。エリンは危なくなかった。主は、あんな声を、出さずに済んだ。
一回、役に立ったことは、九回、届かなかったことを、消してくれなかった。
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戻ったとき、主が言った。
「……なんで、引かなかったの」
答えられなかった。声が、出ないから。
でも、声が出たとしても、うまく、言えなかったと思う。
引いたら、誰が前に立つのか。それしか、頭になかった。でも、それを言葉にする方法を、僕は、知らない。
「私は、ブレイブがいなくなるのが、嫌だよ」
その言葉が、胸に、刺さった。
主は、僕の盾に手を当てて、「……痛かったね」と言った。
痛いのは、体じゃなかった。でも、それも、伝えられなかった。
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夜になって、一度だけ、盾を地面に置こうとした。
潰れて、歪んで、もう盾の形をしていない。置いて、休んでいいはずだった。
指が、離れなかった。
置いたら、守るのを、やめる気がした。この盾は、僕が前に立った回数だ。歪みの一つ一つが、受け止めた証で——受け止めきれなかった、証でもある。それを手放したら、僕には、何が残るのか。
分からなかったから、持ったままでいた。
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主が、3層目に上がっていくのが見えた。卵のところに行くんだと、分かった。
その背中を、見ていた。
伝えたいことが、あった。
次は、違う。次は、絶対に止める。ただ前に出るだけじゃなくて、もっと、うまくやる。受け方は、一つ覚えた。まだ、覚えられる。止められる体に、なる。もっと、強くなる。そのために何が必要か、考える。頭は良くないけど、考える。
主が下げてくれたことを、恨んでは、いない。あれは、正しかった。僕が潰れたら、次を守れない。分かっている。
でも、次は、下げられる前に、止めたい。
主に、心配の声じゃなくて、「頑張ったね」を、もう一度、言ってほしい。
——でも、声が、出ない。
主は、3層目に消えた。
夜のダンジョンは、静かだった。クロが2層目を走る音。エリンの鈴の音。アルスの、巡回の気配。
その時だった。
何かに、呼ばれたような、気がした。
——名前を、呼ばれたような。




