第18話 静かな準備
20260719改稿
朝、管理画面に通知が来ていた。
《エリンが進化可能になりました》
《スプライト→フェアリー》
進化。強くなる。次の対戦で、少しでも、死ににくくなる。承認する理由は、今は、それで十分だった。
2層目に降りると、エリンがいた。
前より、少し大きい。羽が2枚から、4枚に増えている。周囲を、光の粒がゆっくりと漂っていた。
エリンが、ふわりと飛んだ。光の粒が、森の奥まで流れていく。今まで届かなかった場所まで。
通りかかったクロが、流れていく光の粒を、追いかけて跳ねた。シロが、それを座って見ていた。
鈴の音がした。前より、少し、澄んでいた。
「……きれい」
エリンは何も言わない。でもその場で一度だけ、ゆっくりと、羽を広げた。
カルナ戦で、エリンはずっと後方にいた。それでも、怖かった。次も、後ろにいてほしい。今度はもっと遠くから、もっと安全な場所から、撃てる。
「……良かった」
鈴の音が、もう一度だけ、鳴った。
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午後、スカイスワローの映像を、もう一度確認した。
岩盤の回廊。岩を削って作ったような、縦長の入口。通路は複数に分岐していて、どれが本道か、外からは分からない。
そして、入口の脇の、あの傷。
岩に刻まれた、深い引っかき傷。縦に長く、鋭い。
「……大きいのが、いるのかな」
《回答:可能性があります》
しばらく、傷を見ていた。
怖い。でも、ヴァルクの煉獄の砦も、ミルトの霧時雨の迷宮も、場所すら、まだ見つかっていない。中身は、完全にゼロだ。
傷が見えている怖さと、何も見えない怖さなら——見えている方を、選ぶ。
「ドーグに、しよう」
《……よろしいのですか》
「一番、分かってる相手だから。知らない相手より、怖くない」
それに、398位は、まだ受けない。上から来る理由が分からないうちは、分からないままにしておく。棚に置く。順番の問題だ。
承認を、送信した。
《対戦申請:承認》
《送信者:ドーグ(448位)》
返信は、少し経ってから、来た。
《ドーグ:3日後。以上だ》
それだけだった。
「……以上だ、って」
日時の希望も、条件の確認も、何もない。決まったことだけを、一行。
画面を、しばらく見ていた。
カルナなら——ここで、何か言ってきた。
待たされるのは好きじゃない、とか。三日だな、覚えた、とか。数えてるんですか、と聞き返したくなるような、何かを。
今度の相手は、何も言わない。それだけのことなのに、通信欄が、妙に、静かに見えた。
この静けさに、慣れないといけない。対戦のたびに、相手は変わる。カルナは、一人しかいなかった。
残りの2件に、断りを入れた。
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対戦前日。最後の準備に、取りかかった。
ブレイブを、工房に呼んだ。
鍛冶妖精はブレイブの巨体を、下から上まで、時間をかけて見上げてから、作業を始めた。今回は鉄鉱石だけじゃなく、木材も使っている。
しばらくして、盾が、完成した。
妖精がブレイブに差し出して、一度だけ、鼻を鳴らす。
ブレイブが、受け取った。片腕で、構える。鉄の縁が、鈍く光った。
それから、盾の表面を、拳で叩いた。低い音が、響いた。もう一度、叩く。同じ音がした。
それだけだった。でも、その音は——任せろ、と言っているように、聞こえた。
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夜。
アルスが、入口付近に立っていた。腰の鉄剣を抜いて、刃の手入れをしている。
管理画面で、アルスの視野を開いてみた。
映ったのは、剣だった。布で、ゆっくりと、刃を拭いている。拭いて、光にかざして、また拭く。
前は、ただ持っていただけだった。今は、違う。
窓を、閉じた。頼もしくて、少しだけ、胸が詰まった。
ブレイブは入口の反対側で、盾を構えたまま、動かない。クロが2層目を走る音。その後ろを、シロ。エリンの鈴の音が、森の奥から届く。前より、澄んだ音で。
全員が、それぞれのやり方で、明日の準備をしていた。
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3層目に上がった。
棚の上の、卵。前に座って、両手を当てる。温かい。
手のひらに、かすかな振動があった。鼓動のような、規則的な、何か。
「……今、動いた?」
《回答:魔素の反応が、一時的に増加しました》
白い。温かい。中に、何かがいる。
「帰ってきたら、絶対、見せてあげるからね」
白い殻は、静かなままだった。
明日の話を、卵にした。帰ってくる前提の話を。それが、願掛けなのか約束なのか、自分でも分からなかった。でも、口に出すと、少しだけ、背筋が伸びた。
管理画面を開いた。
《対戦開始まで残り》
《00:29:12》
卵から手を離して、立ち上がった。
胸元で、金属片が、小さく揺れた。
「……行こう」




