第17話 工房と卵
朝、管理画面を開いた。
いつも通りの確認をする。モンスターの状態。DP残高。侵入者の記録。全部問題ない。
そこに通知が来ていた。
《ミッションを達成しました》
《報酬:モンスターの卵×1》
《受け取りますか?》
「……卵?」
思わず声が出た。
「コアさん、何のミッション」
「……不明です」
「受け取る」
アイテム欄に卵が追加された。管理画面越しに確認する。手のひらに収まるほどの大きさで、白い。ただの白ではない。見る角度によって、うっすらと何かの色が滲んでいるような、深みがある。
「コアさん、これどうすればいいの」
「……魔力を込め続けることで孵化します」
「何が生まれるか分かる?」
「……分かりません」
「いつ孵化するか分かる?」
「……分かりません」
「孵化しない可能性は?」
少し間があった。
「……ルナリアが魔力を込め続けている限り、孵化します」
「……そっか」
実際に卵を取り出してみた。想像より軽い。でも確かな重さがある。温かい。手のひらで包むと、じんわりと温かい。
「……温かい」
「はい。魔力の質が通常の卵と異なります」
「それってどう違うの」
「……分析できません」
ルナリアはしばらく卵を見ていた。白い。温かい。それだけしか分からない。でも、手放す気にはなれなかった。
3層目に上がって、住居エリアの棚の上に置いた。
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3層目から戻ってきてから、管理画面を開き直した。
別の通知が来ていた。
《ミッションを達成しました》
《ダンジョン対戦を1回行え:クリア》
《報酬:SP+12》
SP残高を確認する。20に12が加算されて、32になっている。
スキルツリーを開いた。
Dコア権限レベル。Lv4への解禁コスト:SP20。
数字を見た瞬間、少しだけ手が動いた。足りる。ちゃんと足りる。
「……コアさん、Lv4に上げていい?」
自分でも少し、おかしいと思った。コアさんの承認はいらない。スキルツリーはルナリアが操作するものだ。でも、聞かずにいられなかった。
「……はい」
一言だった。それだけで十分だった。
Lv2のとき、SP10を全部振ってフレーバーテキスト入力機能だけが解禁された。Lv3のとき、SP15を振ったらコアさんが名前を呼んでくれた。今回も何が解禁されるか分からない。それでも、上げたかった。
承認する。
《Dコア権限レベルがLv4になりました。新機能が解禁されました》
「何が使えるようになったの?」
少し間があった。
「……モンスターの視野が管理画面に反映されるようになります」
「……今すぐ見られる?」
「モンスターを指定してください」
「アルス」
管理画面の端に、新しいウィンドウが開いた。
1層目の通路が映っていた。アルスの目線の高さから見た景色だ。石の壁。薄い魔素の光。通路の奥でゴブリン小隊が配置についている。
ルナリアは息をのんだ。
今まで管理画面はダンジョン全体を俯瞰する地図だった。でもこれは違う。アルスが今いる場所で、アルスが今見ているものが、そのまま映っている。
アルスが見ているダンジョンだ。アルスが毎日歩いている通路。アルスが守っている場所。それがこの画面の中にある。
「アルスはこれが映ってること、分かってる?」
「……モンスター側への通知はありません」
アルスの目線が動いた。通路を一度見渡して、止まった。また動いた。いつもの巡回だ。何も知らずに巡回している。
少しだけ、くすぐったい気がした。
エリンを指定した。2層目の森が映っていた。木々の合間から差し込む魔素の光。エリンの目線は低い。地面より少し上を漂っているらしい。
クロを指定した。2層目の通路を走っている。速い。景色がどんどん流れていく。見ているだけで少し目が回りそうだった。
全部閉じた。
「この機能があれば、偵察に出したモンスターの視野もリアルタイムで見られるの?」
「はい。映像として参照できます」
「……なるほど」
頭の中で何かが繋がった。スカイスワローを飛ばして、その目線を管理画面で見る。相手のダンジョンの上空から、内部の構造を把握する。
向こうのダンジョンが分かれば、無駄な戦いを減らせる。誰かが死ぬ前に、引ける判断ができる。
「他には」
「……侵入者の名前と年齢が見えるようになります。それから——推奨行動機能が解禁されました」
「推奨行動?」
「ダンジョンの現在の状態を分析して、優先的に行うべき行動を提案します。実行するかどうかはルナリアが決めてください」
「使ってみて」
「すでに分析中です」
管理画面に項目が並んだ。
《推奨行動①:工房エリアの設置を推奨します》
《理由:現在の素材収集量に対して加工・活用の手段が不足しています。モンスター用装備の作成が可能になります》
《推奨行動②:スカイスワローの召喚を推奨します》
《理由:対戦相手選定のための偵察手段が現状では不足しています。視野反映機能との組み合わせで上空偵察が可能になります》
「……工房から始めよう」
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スキルツリーを開く。ダンジョン系。施設建築。工房エリア。消費SP:5。承認する。
《工房エリアを解禁しました》
《作成可能装備》
鉄剣 鉄短剣 鉄斧 鉄槍
《未解放》
鉄鎧 鉄盾 弓系装備 特殊装備……
「……まだ作れないものの方が多い」
設置場所を選ぶ。3層目の住居エリアの隣に指定した。承認する。
3層目に上がった。
住居エリアの隣に、新しいエリアができていた。岩肌の壁が整えられている。作業台が据えられていて、棚に素材を並べるための余白がある。天井からランタンのような光が垂れていて、他のエリアより少し明るい。
そこに、いた。
膝くらいの高さしかない。尖った帽子を被っている。耳が少し長くて、腰に工具をいくつかぶら下げている。ルナリアが入ってくると、まじまじとこちらを見返してきた。細い目だった。
「……あなたが鍛冶妖精?」
妖精は返事をしなかった。代わりに作業台を手のひらで叩いた。素材を出せ、という意味らしかった。
「愛想ないな」
妖精はまた作業台を叩いた。
アルスを呼ぶことにした。どんな武器がいいか、ルナリアには分からない。でも次の対戦で死なせたくない。それだけははっきりしていた。
アルスは3層目に上がってきた。工房エリアを見た。鍛冶妖精を見た。それからルナリアを見た。
「武器を作ろうと思う」
アルスは黙っていた。
「次は勝つためじゃない」
ルナリアは小さく息を吐いた。
「生きて帰ってきてほしいから」
アルスは何も言わなかった。でもルナリアから視線を外さなかった。
鍛冶妖精が作業台を叩いた。
「アルス、武器を作ってもらおうと思ってる。鉄鉱石で作れるのが片手剣か短剣か手斧なんだけど、どれがいい」
アルスはしばらく黙っていた。ルナリアを見た。管理画面を見た。それから自分の手を、ゆっくりと見た。
大きな手だ。レッサーオーガになってから一回り大きくなった手で、何かを握るのに向いている。短剣では短い。手斧は重心が違う。
「……主」
どれでも主の判断に従う、という意味だ。でも今の間の取り方は——ルナリアには、短剣でも手斧でもないと言っているように見えた。
「ロングソードで合ってる?」
アルスは低く喉を鳴らした。
鍛冶妖精に鉄鉱石を渡した。妖精はアルスの体格を上から下まで時間をかけて眺めてから、工具を手に取った。
小さな手が素早く動く。金属を打つ音が規則正しく響いた。ルナリアはその音を聞きながら、アルスの横に立っていた。アルスは作業を眺めていた。じっと、動かずに。
音が止んだ。
妖精が振り返った。手に剣が握られていた。アルスの体格に合った長さだ。装飾はない。でも刃の仕上がりは丁寧で、光をきれいに反射していた。
妖精は一度だけ、小さく鼻を鳴らした。
アルスが受け取った。
しばらく、ただ持っていた。重さを確かめるように少し傾けて、手を持ち替えた。一度だけ、ゆっくりと前に向かって振った。
止まった。
もう一度、今度は少し速く振った。それから刃を確認して、また持ち直した。
「……どう?」
「……主」
鍛冶妖精はその様子をしばらく眺めてから、また作業台に向き直った。もう用は済んだ、という顔だった。
管理画面に通知が来た。
《装備:鉄剣》
《攻撃力+3 アルス専用補正:小 装備時:威圧効果微増》
アルスが剣を腰に差した。
鍛冶妖精が一歩、後ろに下がった。小さな目で一瞬だけアルスを見て、それから何事もなかったように作業台に向き直った。
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1層目に戻ってから、推奨行動②に取りかかった。
「コアさん、スカイスワローを召喚したい」
「消費DP:75です」
「5体。承認する」
召喚エリアに光が集まった。5羽が現れた。翼を広げると思ったより大きい。でも体は細くて、動きが素早い。天井近くを旋回して、出口を探すように飛び回っている。
しばらく眺めた。速い。これなら遠くまで飛べる。
「コアさん、対戦申請が3件来てる。相手のダンジョンの場所って分かる?」
「……申請情報にダンジョン名とランクは含まれていますが、場所の情報はありません」
「じゃあまず場所を探すところから?」
「はい。スカイスワローを広域に飛ばして、ダンジョンの魔素反応を探らせることができます。見つかり次第、偵察に切り替えられます」
「……3件とも探せる?」
「5羽を分散させることを推奨します。それぞれ別の方角に飛ばすことで、5方向を同時に探索できます」
「お願い。行かせて」
管理画面で探索範囲を設定する。どこにあるかは分からない。5羽を別々の方角に飛ばして、手当たり次第に探させるしかない。承認する。
5羽が一斉に飛び出した。ダンジョンの入口をくぐって、外へ消えた。
「コアさん、見つかるまでどのくらいかかる?」
「……ダンジョンの距離によります。近ければ数時間、遠ければ明日以降になる可能性もあります」
「分かった。待つ」
管理画面を閉じた。
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夜、3層目に上がった。
棚の上に卵がある。朝からずっとそこにある。
前に座って、両手を当てた。温かい。朝と同じ温かさだ。
「コアさん、変化は」
「……魔素の反応が微増しています」
やり方が分からなかった。大事にしよう、と思いながら手を当てた。それだけだ。
「何が生まれるといいと思う、コアさん」
間があった。いつもより少し長い間だった。
「……分かりません」
「私はね」
ルナリアは卵を見たまま言った。
「強く生まれてきてほしい」
少し考えた。
「……みんなを守れるくらい」
コアは何も言わなかった。
ルナリアはしばらくそのまま手を当てていた。
コツ。
卵が一度だけ、震えた。
「……コアさん、今」
「……魔素の反応が増加しました」
ルナリアは卵を見た。さっきと変わらない白い卵だ。でも手のひらに、確かに振動があった。
アルスが入口で待っていた。今日も、いつもの場所だ。腰に剣を差している。
「今日もありがとう、アルス」
「……主」
「おやすみ」
洞窟の奥で、エリンの鈴の音がした。クロが2層目を走り回っている気配がする。シロがその後ろをついている。ブレイブは入口付近に立っている。
スカイスワローは、まだ戻っていない。
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数日後——。
管理画面に、突然映像が届いた。
上空からの景色だった。岩肌の地形。深く刻まれた回廊の入口が、眼下に小さく見えている。
《スカイスワロー:ダンジョン発見》
《ダンジョン名:岩盤の回廊》
《推定ランク:F》
《推定モンスター数:不明》
《入口周辺に大型反応を確認》
「……見つけた」
ルナリアは少しだけ画面を見つめた。
今度は、失いたくなかった。
だから知る。だから準備する。同じことは繰り返さないために。




