第11話 はじまりの鐘
朝、目が覚めた瞬間に管理画面を開いた。
今日だ。
DP残高を確認する。約700。モンスターの状態を確認する。全員問題ない。罠の配置を確認する。昨夜最終調整した通りだ。
7日間でやれることはやった。
1層目の通路に矢罠を敷き詰めた。入口から入った瞬間から削り始める。2層目の通路を狭くした。数で押してくる相手の強みを殺す。拘束罠をその奥に置いた。ここまで来た相手を完全に止める。モンスターの配置も見直した。引きながら戦う。深追いさせない。少しずつ削って2層目に誘い込む。
攻めには一切戦力を使わない。守り切ってから攻める。
そのためにカルナから4時間を引き出した。
「……でも4時間で守り切れるか、まだ分からない」
誰にともなく呟いた。勝率37%だ。やれることはやった。でも不安は消えない。消えないまま、今日を迎えた。
管理画面を閉じた。
アルスが隣に立っていた。レッサーオーガになってから一回り大きくなった体で、いつもの場所に立っている。
「……まず進化させよう」
戦闘前の最後の強化だ。迷う理由はない。
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転移の前に、進化できる個体をまとめて進化させることにした。
「コアさん、進化条件を達成しているモンスターは?」
「ゴブリン4体・コウモリ6体・ホーンラビット2体・ジャイアントラット2体です」
「全部進化させよう」
ゴブリン4体を承認する。光が包んで、ホブゴブリンになった。アルスの指揮系統がさらに厚くなる。
コウモリ6体を承認する。翼が黒く染まって、シャドウバットになった。かく乱役の数が増える。矢罠と組み合わせれば、上からも下からも視線を乱せる。
ホーンラビット2体を承認する。ソードラビットになった。角が鋭くなっている。突進力が上がる。
ジャイアントラット2体を承認する。ラットシャドウになった。偵察能力が上がる。影に潜りながら先行できる。
「……これで少しはましになるか」
管理画面でモンスター総数を確認した。81体。数字は変わらない。でも質が上がった。
「コアさん、勝率は変わった?」
「……39%です」
「2%か」
少し笑った。2%しか変わらなかった。でも37%より39%の方が、少しだけ気持ちが楽だった。
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転移は突然だった。
管理画面に通知が来た瞬間、視界が白くなった。
気づいたら、白い空間に立っていた。
床も壁も天井も、全部白い。光源が見当たらないのに、空間全体が均一に明るい。広さはよく分からない。どこまでも続いているような気もするし、狭い部屋のような気もした。
「……ここが中立空間か」
思っていたより、静かだった。音がない。風もない。自分の呼吸だけが聞こえる。
「初めて来た?」
声がした。
振り返った。
女がいた。年齢はルナリアより少し上に見える。髪は短くて、目つきが鋭い。腕を組んで、ルナリアをじっと見ていた。
圧がある。ダンフェスの映像越しに見たのとは違う。実際に向き合うと、それだけで分かる。この人は強い。少なくとも、自分より場慣れしている。
「……カルナ?」
「そう」
カルナはルナリアを上から下まで見た。品定めするような目だった。
「……やっぱり子どもじゃないか」
「……そっちこそ、思ってたより若い」
言ってから、少し後悔した。余計なことを言った。でもカルナは怒らなかった。
「失礼なやつだな」
鼻を鳴らしただけだった。どこか、悪くなさそうな笑い方だった。
しばらく沈黙があった。何を話せばいいか分からなかった。対戦相手と雑談する場面は想定していなかった。
「……お待たせしました」
「別にいい。来たんだから」
カルナはまたルナリアを見た。今度は少し違う目だった。値踏みではなく、確認するような目だ。
「ダンフェスで見た時、弱そうだと思った」
正直な相手だと思った。包まない。思ったことをそのまま言う。
「……今は?」
「まだ分からない」
それだけだった。でもその一言の方が、弱そうと言われるより、少しだけ重かった。まだ分からない。つまり、分かる可能性がある、ということだ。
そのとき、空間の中央に光が集まった。
人の形をしていない。ただ、光の塊が浮いている。温かくもなく冷たくもない、中性的な気配だった。
「ふたりとも揃ったね」
光の塊から声がした。性別がよく分からない、柔らかい声だった。聞いたことがある。
「……ニルム様」
「そうだよー、よろしくねルナリアちゃん」
軽い。ダンフェスの時と同じ声だ。神様という感じがしない。でも、悪い気はしなかった。
「今回楽しみにしてたんだよね。精霊の遊庭、ちょっと変わってるから」
「……変わってる?」
「うん。まあ、それは見てのお楽しみかな」
何が変わっているのか、聞こうとした。でもニルムはすでに次の話に移っていた。
「じゃあルール確認するね。ふたりとも聞いて」
頭の中に、直接文字が流れ込んでくる。
《制限時間:4時間》
《勝利条件:相手のダンジョンコアを破壊すること》
《層数制限:なし》
《その他の特別条件:なし》
《双方合意の上で対戦を開始します》
「異議ある人は今のうちに」
「ない」とカルナが言った。迷いがなかった。
ルナリアも首を振った。
「じゃあ合意確認。カルナ」
「合意する」
「ルナリア」
ルナリアは一瞬だけ、目を閉じた。
7日間。罠の配置。通路の改造。クロとシロの訓練。アルスの進化。やれることはやった。でも勝率は39%だ。やれることをやっても、まだ負ける可能性の方が高い。
それでも。
「……合意します」
「よし」
ニルムの声が、少しだけ弾んだ気がした。
「それじゃあ、楽しんでね」
その言葉が終わる前に、視界が白く塗りつぶされた。
《対戦を開始します》
白い空間が、また白くなった。
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気づいたら、精霊の遊庭にいた。
管理画面が自動で開いた。
《対戦開始》
《残り時間:4:00:00》
カウントダウンが始まった。
「コアさん、相手は?」
「……牙砦からの侵入を確認しました。1層目・入口付近」
「何体?」
「……現時点で確認できるのは15体です。まだ増えています」
15体。しかも増えている。
「……やっぱり数で来るか」
1層目の映像を確認する。入口からモンスターが流れ込んでいた。ゴブリン。コボルト。次々と入ってくる。先頭のコボルトが通路を確認しながら進んでいる。
「……偵察してる」
罠の位置を確認させるつもりか。いや、それだけじゃない。先頭を囮にして、後続を安全に進める気だ。
「アルス」
アルスが動いた。
「1層目、引きながらやって。深追いしなくていい」
アルスは低く唸って、通路へ向かった。クロが横から飛び出した。シロがその後ろだ。ラットシャドウが先行して、相手の位置を確認する。
最初の矢罠が発動した。
壁から矢が飛んだ。先頭のコボルトが体勢を崩した。後続が一瞬止まった。
その隙に、アルスが動いた。
体勢を崩したコボルトの喉元に、アルスの拳が叩き込まれた。
《残り時間:3:58:41》
始まった。
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