第9話 不穏
冒険者ギルドの夜は、昼より騒がしい。
依頼を終えた冒険者が戻ってきて、酒を飲んで、今日あったことを話す。ライゼンはその端に座って、書物を読んでいた。読んでいるふりをしていた、と言う方が正確かもしれない。
「……また消えたらしいぞ」
隣のテーブルから声が聞こえた。
「どこの?」
「南の方。ダンジョンが一つ」
「攻略されたのか?」
「違う。攻略じゃない」
男が声を落とした。ライゼンは書物から目を上げなかった。
「消滅だ。ダンジョンそのものが消えた。モンスターも、構造も、全部」
「……またか」
「また、だ」
しばらく沈黙があった。酒の杯が置かれる音だけがした。
「今月で何件目だ?」
「俺が聞いた限りで3件。ギルドが把握してるのはもっと多いかもしれない」
「原因は?」
「発表されてない」
「……ギルドが隠してるのか?」
「隠してるというか……」
男がためらった。
「上の連中、何か知ってるっぽいんだよ。でも俺らには教えない。調査中って言ったきり、何も出てこない」
「攻略じゃないなら、何なんだ」
「それが分からん。痕跡もないらしい。ダンジョンがあった場所に行っても、何もない。ただの岩肌に戻ってる」
ライゼンは書物を閉じた。
隣のテーブルの男たちは気づいていない。ライゼンは立ち上がって、書棚の方へ歩いた。
「……嫌な時代になったな」
背後でそんな声が聞こえた。
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書棚の前でライゼンはしばらく立っていた。
ダンジョン消滅。痕跡なし。ギルドが口を閉ざしている。
冒険者の仕事はダンジョンに潜ることだ。ダンジョンが消えれば仕事が減る。それだけの話、と片付けることもできる。でもライゼンには、そう思えなかった。
攻略されたのではない。
消された、という方が近い気がした。
根拠はない。ただの感覚だ。でもこの感覚は、今まで外れたことがなかった。
書棚から一冊を抜いた。ダンジョンに関する古い記録だ。消滅事例を調べたことがある。攻略による消滅は記録が残る。コアが破壊された記録、ダンジョンマスターが死亡した記録。でも今回のような、痕跡のない消滅は——
「ライゼンさん」
振り返った。エリカが書類を抱えて立っていた。
「こんな時間まで残ってたんですか」
「少し調べ物があって」
「ダンジョンの消滅の件ですか」
ライゼンは少し驚いた。エリカは表情を変えなかった。
「受付にも聞きに来る人がいるんです。最近。原因を知りたいって」
「ギルドは何と?」
「……調査中、としか」
エリカは視線を落とした。
「私も、詳しいことは知らされてないんです。でも……上の人たちが、最近少し違う気がして」
「違う?」
「なんか、焦ってるみたいな。普段そういう顔をしない人たちが」
ライゼンは何も言わなかった。
エリカはすぐに「余計なことを言いました」と笑って、奥へ戻っていった。
ライゼンはもう一度書棚に向き直った。
攻略じゃない。痕跡もない。ギルドの上層部が焦っている。
「……」
答えは出なかった。でも、確かめるべきことが増えた気がした。
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その夜遅く、精霊の遊庭の管理画面に通知が来た。
ルナリアはまだ起きていた。メモ欄を開いて、カルナへの返答をどうするか考えていた。受けると決めている。でも条件をどう設定するか、まだ決まっていなかった。
そのとき、管理画面の端に、一瞬だけ文字が走った。
《……上位存在の干渉を検知……》
《解析不能》
《ログを閉じます》
「……今の、何?」
指が止まった。
「……コアさん」
「……不明です」
間があった。いつもより少しだけ、長い間だった。
「不明って……エラー?」
「……ログの記録が残っていません」
残っていない。出た瞬間に消えた。ルナリアは管理画面を開き直した。どこを見ても、異常を示すものは何もない。モンスターの状態も、罠の状態も、すべて正常だ。
「……気のせいじゃないよね」
「……確認できません」
コアの声は、いつも通りだった。でもルナリアには、その「いつも通り」が少しだけ違う気がした。
しばらくそのまま、管理画面を眺めた。
何も起きない。静かだ。アルスが3層目の入口に立っている。エリンの光が2層目の奥でほのかに揺れている。ブレイブが入口付近に立っている。
全部、いつも通りだ。
「……考えすぎか」
メモ欄を開き直した。
カルナへの返答。条件の設定。やることはまだある。
でも管理画面の端に走ったあの文字が、どうしても頭から消えなかった。
《上位存在の干渉を検知》
上位存在。それが何を指すのか、ルナリアには分からなかった。
分からないまま、夜が続いた。
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