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第24話 机まで


 夜のコアの間に、地図を広げていた。


『西の三つ目、確定でいいわよ。影の観測と、そっちの鳥の報告、重なったから』


「うん。……足します」


 黒い印を、一つ、書き足した。古い発生域の周りに、少しずつ増えていく印。待ち伏せのあとに組み直した迂回の偵察路は、前より遠回りで、前より、報告が遅い。


 印と印の間を、指でなぞった。並びの先には、街道の線がある。


 線の先には——。


 なぞった指を、止めた。


『それと、ね』


 地図の話が終わった声のまま、アルカナさんが言った。


『——返事、来たわよ』


「……! なんて?」


『「ご丁寧にありがとうございます。当方、現在は新規のお取引を控えております。良いご縁がありましたら、またその折に」……以上』


「…………」


『ね。変でしょ』


 変、だと思った。思っただけで言うのは、やめた。


「……その文面、こっちに送ってもらっていい?」


『いいけど。どうする気』


「確かめる」


---


 届いた文面を前に、管理画面を開いて、半年前の表を、呼び出した。


 日付。時間帯。話題。返信までの時間。文の長さ。句点の数。いつもと違うところ。——レイナさんとの十二回のやり取りを、二日かけて並べた表。切られた理由を、一つも見つけられなかった表。


 その一番下に、文面を、置いてみた。


 十三回目——じゃ、ない。これは、私宛てじゃない。


 分かってて、置いた。


 返信までの時間、三日。……十二回の中で、一番遅かった返信でも、半日だった。


 「当方」。「ご縁」。「その折に」。十二回で一度も見なかった言葉が、三行に、三つ。


 《紅理の苑、レイナだ》


 最初の一通を、久しぶりに読んだ。名乗って、用件だけ言って、終わり。素っ気なくて、短くて、でも数字と期日は、十二回、一度も間違えなかった。


 表の上と下を、見比べた。


 同じ人の字とは、思えなかった。


『……で、どうするの』


「……会いに行って、直接、聞きたい」


『できるの?』


「……できない。回線は切られてるし、押しかけて、正しいことや心配を並べても——」


 届くのは、たぶん、あの三行だ。丁寧で、空っぽの。


「私、切られた側だから。外から正しいことを言われるのが、どれだけ遠いかだけは、分かる」


『……そういうことに、しておくわ』


---


 紙にしたのは、消去法だった。


 通信は、切られている。声は、届かない。でも、紙なら、机までは行ける。読むかどうかは、あの人が決められる。読まずに、捨てることもできる。


 ……捨てられる形で、届けたかった。


 一枚目は、長くなった。


 心配と、聞きたいことと、謝ることじゃないのに謝る言葉で、裏まで埋まった。読み返して、破いた。「どうして」と、書いてしまっていたからだ。


 ……それは、紙で聞くことじゃない。聞くなら、いつか、私が、自分の声で聞く。


 二枚目は、短くしすぎた。用件がないのに用件みたいになって、破いた。


 三枚目を書き終えた頃、通話が繋がった。


『書けた?』


「……たぶん」


『読んでみなさいよ』


「〈精霊の遊庭の、ルナリアです。また、お話しできたら、嬉しいです〉……以上」


『……それだけ?』


「それだけ」


『理由も、心配も、書かないの』


「書いたら、破れちゃった」


 少しの、沈黙。


『……ま、いいんじゃない』


 それから、声が、少しだけ低くなった。


『で、分かってるわね。それ、名乗るってことよ。相手は、あなたを切った人。——分かってて、出すのね?』


 ペンを、持ち直した。


 署名の位置で、一度だけ、手が止まった。


 ……半年前に、切られた名前だ。切った人の机に、もう一回、置きに行く名前だ。


 書いた。


「……これしか、持ってないから」


『……そう』


---


 次の夜、転移の間に、黒いマントが立っていた。


 うちの引き出しの手紙を、何通も運んできた翼だ。近くで見るのは、初めてだった。


 手紙を、差し出した。


 吸血鬼は、両手で受け取って、マントの内側に、丁寧にしまった。何度も、そうしてきた手つきだった。


「……お願いします」


 声に出したら、思ったより、小さかった。


 黒いマントが、出口の方へ歩いていく。


 管理画面の空に、切り替えた。月の下を、黒い翼が、東へ遠ざかって——見えなくなった。


 画面を、閉じた。


 机の上に、アルカナさんからの今夜の観測が、届き始めていた。


 地図を、広げ直した。


お読み頂きありがとうございます。

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