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第22話 息の仕方


 朝、目が覚める。通信欄を開く。


 何も来ていない。


 仕事の合間に、何度も通信欄を開いた。


 昼前に届いた。


 《おはようございます、レイナさん。ごめんなさい、遅くなって》


 午後から、数字の間違いはなくなった。


---


 修正待ちの誤差がたまっていった。


 数え間違い。書き間違い。発注の重複。直した端から、新しいのが見つかる。


 こんなことは、今までなかった。


 レイナの答えは決まっていた。もっと管理する。


 点検の回数を増やした。増やすたびに、新しいミスが見つかった。直して、また点検して、また見つかる。夜も眠る前に在庫を数え直した。


 数えている間だけは、何も考えなくて済んだ。


---


 その夜、通信欄を閉じる前に、指が止まった。


 会いたい、と思った。


 もう一回あの温かさに触れたら、ちゃんとできる気がした。


 気づいたら、打っていた。


 〈今度、ミルティアのダンジョンも見せてほしいんだけど、どうかな〉


 送ってから、鼓動が少しだけ速かった。柄にもない。でも、嫌な感じはしなかった。


 返事は翌朝も来なかった。


 昼も来なかった。


 夜になって、届いた。


 《……少し、考えさせて、ください》


 短い一行だった。


 レイナはその一行を読んだ。もう一度、読んだ。


 考えさせてください。


 ……何を?


 会うことを? 私と会うことを、考えないといけないのか。


 仕事に戻ろうとして、台帳を開いた。数字を三行読んで、一行も頭に入っていないことに気づいた。


 閉じて、またあの一行を開いた。


 読むたびに、悪い方の意味が増えていった。


 重かったのか。急に踏み込みすぎたのか。ずっとそう思われてたのか。今までの通話も、本当は負担だったのか。取引も義理だったのか。同盟も——


 夜が深くなった。


 返信を打った。


 〈ごめん、急に変なこと言って〉


 ……消した。軽すぎる。


 〈冗談だから、気にしないで〉


 ……消した。嘘になる。冗談じゃなかった。


 打っては、消した。何回も。取引の文面なら、一度で決まるのに。


 最後に残ったのは、短い一通だった。


 〈ごめんなさい。今のは、忘れてください。困らせるつもりじゃ、なかったから〉


 送った。


 送った瞬間から、後悔が始まった。これじゃ、まるで私が変みたいだ。


 ……違わない。


 重くて、変で、面倒で——


 嫌われたら。


 その先を想像しかけて——息が浅くなった。


 気づいたら、机に向かったまま、泣いていた。


 声は出さなかった。手は癖で台帳を開いていた。数字の上に落ちたものを、袖で拭いた。仕事はしないといけない。手を動かさないといけない。ちゃんとしないといけない。ちゃんと——


 視界が滲んで、数字が読めなかった。


 返信は来なかった。


 十分。二十分。


 ——来たのは、通信欄じゃなかった。


 転移が、起動した。


 部屋の隅に光が立って——ミルティアが、いた。


「……レイナさん」


 レイナは振り向けなかった。濡れた顔を見られたくなかった。


 足音が近づいて。


 後ろから、抱きしめられた。


「ごめんなさい。……変な返事、して」


 柔らかい声が、耳のすぐ後ろで震えていた。


「違うんです。嫌とかじゃなくて。……嬉しくて。嬉しすぎて、どう返したらいいか、分からなくなって……一日、考えちゃって……」


 レイナの喉から変な音が出た。言葉にならなかった。


「会いたいって、言ってくれたのに、変な間を空けて。……会いたかったのは、私の方なのに」


「レイナさんは、悪くないです」


「……でも」


「今日は、もう、いいです」


 腕に、少しだけ力がこもった。


「……泣いてて、ください。私、いますから」


「……うん」


 それだけ言って、目を閉じた。


 どれくらいそうしていたか、分からない。


---


 帰りの転移の光が消えたあとも、部屋には薄桃の花の匂いが残っていた。


 机の上の懸案の欄は——今日は開かなかった。


 開かないまま、灯りを消した。


 気がついたら、朝だった。


お読み頂きありがとうございます。

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