表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
110/115

第21話 あなたからなら


《おはようございます、レイナさん。……今日、です》


 朝の文字は、いつもより、短かった。


 対戦の、日だった。


 レイナは、返す言葉を、何度か打ち直した。頑張って、は違う。大丈夫、も違う。


 結局、送ったのは、一言だった。


 〈待ってる〉


 《……はい》


 同盟を組んでいる相手の対戦は、観られる。そのことは、二人とも、知っていた。


 でも、昨日の夜、ミルティアは言った。


『……見ないで、いて、ください。私も、レイナさんに頼りきりでは、駄目だと思うので。隣に、立ちたいから。……一人で、やってみます』


 立派だと、思った。断る理由は、どこにも、なかった。


 だから、レイナは、見ない。


 できるのは、机の前で、通知を待つことだけだった。


---


 その日の仕事は、全部、上の空だった。


 点検の数字を、二回、読み間違えた。


 数字が、頭に入ってこない。机の上に、《今日、です》の文字だけが、ずっと、載っている気がした。


 夜、通話が、鳴った。


『……終わりました』


「……そう」


 聞きたいことは、たくさんあった。相手は。怪我は。それで、期限は。


 でも、声を聞いた瞬間、全部、引っ込んだ。


 声が、薄かった。


 いつもの、ふわりとした柔らかさの、芯のところが、抜けているような。


 胸の奥が、すっと、冷えた。


『大丈夫です。……もう、大丈夫』


「……うん。お疲れさま」


『ふふ……ありがとう、ございます。おやすみなさい、レイナさん』


 短い通話だった。いつもの半分より、短い。


 懸案は、消えたはずだった。


 翌朝、いつもの時間に、文字は、来なかった。


 昼前に、届いた。


 《おはようございます。ごめんなさい、少し、疲れていて》


 次の日も、少し、遅かった。


 その次の日は、もっと。


 朝、いつもの時間に、通信欄を開いて、待ってしまう。来ない文字を待つのは、初めてだった。


 机の上は、綺麗なままだった。懸案の欄も、空に戻った。


 なのに、静かすぎた。


---


 《……ルナリア。記録の並べ直し、今日の分が、終わりました》


「ん。ありがと、コアさん」


 コアの間の画面には、手口の順に並んだ記録。増えていく印。読まれていた道と、これから引き直す道。


 画面を閉じる前に、指が、いつもの場所を、開いた。


 順位表。


 《紅理の苑 384位》


 動かない表示だ。次のダンフェスまで、順位は変わらない。見ても、何も分からない。分かってて、毎晩、開く。


 この癖の消し方を、私は、知らない。


 敵の手口は、記録から、読めた。半年ぶんの観察が、ちゃんと、答えをくれた。


 でも、あの人のことは、違う。


 観察なんて、できない。したくも、ない。ログを並べて調べる相手じゃ、ない。


 ただ——あの人の今を、私は、何一つ、知らない。


 通信欄を、開く。


 《精霊の遊庭→紅理の苑:接続不可》


 変わらない表示。見慣れたはずの一行が、今夜は、少しだけ、刺さった。


 届ける回線が、私には、ない。


---


 アルカナさんへの通話は、二回目の呼び出しで、繋がった。


『なに。こんな時間に』


 その声を聞いたら、少しだけ、肩の力が抜けた。


「……お願いが、あるの」


 うまく、説明できなかった。理由が、あるわけじゃ、ない。……ないと、思う。ただ、って、何回も言った。


 アルカナさんは、黙って、聞いていた。


『……つまり、何も、ないのね。何もないけど、様子が知りたいと』


「……うん。無事かどうか、それだけ、知りたい。理由は、聞かない。それは、いつか、私が、自分で聞くって、決めてるから」


『…………』


 長い、沈黙だった。


『……あなたね。切られた相手の心配を、切られたまま、するわけ』


「……うん」


 呆れた息の音が、聞こえた。


「私の回線は、切られてる。でも、あなたのは、まだ、誰にも切られてない。……あなたからなら、届く」


 沈黙が、もう一度、あった。今度のは、少しだけ、短かった。


『……文面は、私が考えるわ。あなたの名前は、出さない。その方が、届くから』


「……! ありがとう——」


『お礼は、いらない。……ま、退屈してたところよ』


 通話が、切れた。


 《紅理の苑 384位》——動かない表示を、もう一度、見た。


「……待ってて」


 届かない言葉を、それでも、置いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ