第21話 あなたからなら
《おはようございます、レイナさん。……今日、です》
朝の文字は、いつもより、短かった。
対戦の、日だった。
レイナは、返す言葉を、何度か打ち直した。頑張って、は違う。大丈夫、も違う。
結局、送ったのは、一言だった。
〈待ってる〉
《……はい》
同盟を組んでいる相手の対戦は、観られる。そのことは、二人とも、知っていた。
でも、昨日の夜、ミルティアは言った。
『……見ないで、いて、ください。私も、レイナさんに頼りきりでは、駄目だと思うので。隣に、立ちたいから。……一人で、やってみます』
立派だと、思った。断る理由は、どこにも、なかった。
だから、レイナは、見ない。
できるのは、机の前で、通知を待つことだけだった。
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その日の仕事は、全部、上の空だった。
点検の数字を、二回、読み間違えた。
数字が、頭に入ってこない。机の上に、《今日、です》の文字だけが、ずっと、載っている気がした。
夜、通話が、鳴った。
『……終わりました』
「……そう」
聞きたいことは、たくさんあった。相手は。怪我は。それで、期限は。
でも、声を聞いた瞬間、全部、引っ込んだ。
声が、薄かった。
いつもの、ふわりとした柔らかさの、芯のところが、抜けているような。
胸の奥が、すっと、冷えた。
『大丈夫です。……もう、大丈夫』
「……うん。お疲れさま」
『ふふ……ありがとう、ございます。おやすみなさい、レイナさん』
短い通話だった。いつもの半分より、短い。
懸案は、消えたはずだった。
翌朝、いつもの時間に、文字は、来なかった。
昼前に、届いた。
《おはようございます。ごめんなさい、少し、疲れていて》
次の日も、少し、遅かった。
その次の日は、もっと。
朝、いつもの時間に、通信欄を開いて、待ってしまう。来ない文字を待つのは、初めてだった。
机の上は、綺麗なままだった。懸案の欄も、空に戻った。
なのに、静かすぎた。
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《……ルナリア。記録の並べ直し、今日の分が、終わりました》
「ん。ありがと、コアさん」
コアの間の画面には、手口の順に並んだ記録。増えていく印。読まれていた道と、これから引き直す道。
画面を閉じる前に、指が、いつもの場所を、開いた。
順位表。
《紅理の苑 384位》
動かない表示だ。次のダンフェスまで、順位は変わらない。見ても、何も分からない。分かってて、毎晩、開く。
この癖の消し方を、私は、知らない。
敵の手口は、記録から、読めた。半年ぶんの観察が、ちゃんと、答えをくれた。
でも、あの人のことは、違う。
観察なんて、できない。したくも、ない。ログを並べて調べる相手じゃ、ない。
ただ——あの人の今を、私は、何一つ、知らない。
通信欄を、開く。
《精霊の遊庭→紅理の苑:接続不可》
変わらない表示。見慣れたはずの一行が、今夜は、少しだけ、刺さった。
届ける回線が、私には、ない。
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アルカナさんへの通話は、二回目の呼び出しで、繋がった。
『なに。こんな時間に』
その声を聞いたら、少しだけ、肩の力が抜けた。
「……お願いが、あるの」
うまく、説明できなかった。理由が、あるわけじゃ、ない。……ないと、思う。ただ、って、何回も言った。
アルカナさんは、黙って、聞いていた。
『……つまり、何も、ないのね。何もないけど、様子が知りたいと』
「……うん。無事かどうか、それだけ、知りたい。理由は、聞かない。それは、いつか、私が、自分で聞くって、決めてるから」
『…………』
長い、沈黙だった。
『……あなたね。切られた相手の心配を、切られたまま、するわけ』
「……うん」
呆れた息の音が、聞こえた。
「私の回線は、切られてる。でも、あなたのは、まだ、誰にも切られてない。……あなたからなら、届く」
沈黙が、もう一度、あった。今度のは、少しだけ、短かった。
『……文面は、私が考えるわ。あなたの名前は、出さない。その方が、届くから』
「……! ありがとう——」
『お礼は、いらない。……ま、退屈してたところよ』
通話が、切れた。
《紅理の苑 384位》——動かない表示を、もう一度、見た。
「……待ってて」
届かない言葉を、それでも、置いた。




