第20話 読まれていた
夕方の点呼で、気づいた。
五羽で出た偵察が、四羽で、帰ってきた。
「……コアさん」
《……確認しました。北の帯の担当が、一羽、未帰還です》
声に出すと、本当になる気がして、少しの間、次の言葉が出なかった。
偵察を始めて、半年以上。帰らなかった子は、一羽も、いない。
「最後の記録、出して」
画面に、飛行記録が並ぶ。いつもの巡回路。いつもの高度。北の帯に入って、旋回して——そこで、記録が、切れていた。
地図に、消えた地点を、重ねた。
息が、止まった。
東に曲げた、あの道の上だった。
あの夜、少しだけ、東に曲げた道。東の、ずっと先にあるものの方へ。届かないと分かっていて、それでも、向けていた視線。
あの日から、この子たちは、ずっと同じ道を飛んでいた。同じ時間に。同じ高さで。
私の未練の形のまま、半年、同じ道を。
……読まれていた。
「……私が、曲げた道だ」
《……ルナリア。判断の材料が、当時は——》
「探しに行く準備をして。クロとシロ、それから——」
言いかけた時、通知が鳴った。
《オリジンバード:帰還》
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1層の入口に、その子は、いた。
自分の足で、立っていた。飛んできたんじゃない。歩いて、帰ってきた。
駆け寄って、抱き上げた。
温かい。生きている。
羽の何枚かが、裂けていた。翼の先に、浅い爪の痕。
《……外傷は、あります。ただ》
コアさんの声が、一段、低くなった。
《……全て、致命の一撃を、外し続けた痕です。最初の一撃は——飛行ルートの、真上からでした》
真上。
追いつかれたんじゃない。先に、そこに、いた。
腕の中で、その子は、震えていた。
背中を、ゆっくり、撫でた。震えが収まるまで、ずっと。
「……よく、帰ってきたね」
撫でながら、頭の別の場所が、冷たく動いていた。
追い方じゃない。待ち方だ。
道を、読まれていた。
この、感じ。
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その夜、観察の記録を、開いた。
半年前の、街道の異変の頃。私が毎晩つけていた、観察の記録。何十日ぶんの、あの染みの周りの、全部。
一枚ずつ、遡る。
染みの、現れ方。消え方。鈍すぎた冒険者たち。魔物らしくない、揃った引き方。
そして、あの夜の——
「……じゃあ、指揮している何かが、いる」
《……指揮官とは、限りません》
指が、止まった。
指揮する、何か。
今夜、うちの鳥は、道を読む何かに、待ち伏せされた。
半年前と、今夜。
同じだ。
……同じ奴だ。
それから、もう一つ、分かったことがある。骨の集まっていた、あの場所。どこかで見た気がして、思い出せなかった、あの形。
染みの、裏返しだ。
生き物の痕跡が、消える場所。生き物の欠片が、集まる場所。
同じ何かの、表と、裏。
ログを読んでも、答えはなかった。ずっと、そうだった。でも今夜は、違った。
ログの中に、答えが、あった。
半年前、名前も姿もなかった相手が、記録と記録の間で、輪郭を持った。
骨を集める癖。道を読む目。待って、狙う、静けさ。
あの三体も。獣たちも。この子のことも。
——全部、同じ何かに、繋がっている。
《……ルナリア》
「うん。……分かってる」
偵察網は、把握された。同じ道は、もう飛ばせない。半年かけて広げた目が、今夜、半分になった。
観察で勝ってきた。その観察を、向こうも、していた。
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傷ついた子は、鳥たちの止まり木で、眠った。
残りの四羽が、その夜、誰に言われたのでもなく、その子を囲むように、止まった。羽と羽が、触れる距離で。
数日後の朝、通知が鳴った。
《オリジンバードが、進化が可能になりました》
《オリジンバード→ミラージュバード》
あの子だった。
「……する?」
その子は、迷わなかった。
白い光が解けると、そこにいる姿は、前と、ほとんど変わらなかった。少しだけ翼が長い。それだけ。
でも、その子が羽ばたいた瞬間——輪郭が、陽炎みたいに、揺れた。
空に溶けるように、姿が、見えなくなる。
《ミラージュバード:隠密特性を確認》
見つからない鳥。
狙われた痛みが、選んだ形だった。
「……今度は、誰にも、見つからないね」
揺れる空気の向こうで、小さく、鳴き声がした。いつもの、あの子の声だった。
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夜、地図の前に、立った。
染み。骨の印。獣の来た線。消えた地点。
向こうは、うちの目の飛び方まで、読んでいた。
なら。
「コアさん。観察の記録、全部、並べ直そう。日付の順じゃなくて——手口の順で。染みは染みで。引き方は引き方で。骨は骨で。別々に並べて、癖を拾う」
《……承知しました》
半年ぶんの記録が、画面の上で、組み変わっていく。
向こうがうちを調べたなら、こっちは、もっと前から調べてる。
……それでも、まだ、足りない。
「コアさん」
《……はい》
「もっと、見よう」
待ち伏せの地点に、印を、一つ置いた。
追いつくためじゃ、ない。
次は、私が、読む。
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