第18話 初陣
その報告は、数日前から、少しずつ増えていた。
北の森の獣たちの動きが、変わっている。縄張りを持つはずの獣が、縄張りを空けて移動している。夜行性のはずの群れが、昼に動いている。
地図の北側に、小さな印が、また増えた。
《……本日も、三件です》
「……嫌な感じだね」
骨が集まっていた、あの場所の印と、獣の異変。地図の上で、二つの印は、同じ帯に並んでいた。
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それは、朝の掃除の時間に来た。
《警告:侵入体、多数》
いつもの侵入者通知と、音が違った。
《獣型:推定30以上》
《平均練度:F級相当》
《うち数体:E級以上》
《目的推定:——不明》
指が、止まった。
不明。
野生の獣なら、いつも、シンプルな答えが出るはずだ。捕食。移動。縄張り。
……それが、出ない。
画面に、1層の入口が映る。
森から、群れが出てくる。狼型。猪型。熊型。バラバラの種族が、一つの群れみたいに、まとまって。
逃げてきた群れじゃ、ない。逃げる群れは、後ろを見る。この群れは、前しか、見ていない。
まっすぐ、迷いなく、うちに向かって、来る。
そして、列の中に——動きの、揃いすぎている一角が、あった。
狼に似て、狼じゃない。関節の曲がり方が、違う。数えると、三体。群れの中で、そこだけ、影が濃い。
見たことが、ない。
……ないのに、この感じを、知っている。
半年前、街道の異変を追いかけていた頃。冒険者たちが、口々に言っていた。見たことのない魔物がいた、と。
「コアさん。全隊、配置」
《……承知しました》
「浅い層で、止める。押し返すのが最優先。……でも」
一度だけ、深呼吸をした。
3層には、今日も、若い子たちがいる。
「深くまで通さない。みんなに危険が及ぶなら——遠慮は、要らない」
《……はい》
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最初にぶつかったのは、アルスの隊だった。
鬼人になって、初めての、実戦。
でも、画面の中のアルスは、いつもの授業と、同じ顔をしていた。
半歩、引く。相手の勢いを、流す。流した先に、オーガたちの壁。受け止めて、崩して、外へ、押し返す。
授業と、同じ動きだった。何百回も、広場で繰り返した型。それが、そのまま、実戦になっていた。
教わった型で、教え子たちが、獣を傷つけずに転がしていく。転がされた獣は、群れの勢いから外れて、我に返ったみたいに、森へ逃げていく。
いける。この調子なら、誰も——
その時だった。
熊型の大きいのが、一体、罠の帯を、力任せに突き抜けた。
速い。重い。まっすぐ、2層への階段へ。
階段の前に、若いホブの子が、一人。あの、空振りばかりだった子。配置に戻る途中で、逃げ遅れた。
その子が、転んだ。
アルスは、入口側だ。遠い。
「アルス——!」
叫んでも、画面の中には、届かない。私にできるのは、見ていることだけ。
熊型が、前脚を、振り上げて——
その影に、アルスが、割り込んだ。
一撃だった。
振り下ろされる前脚より、速く。授業で何百回も見せた、あの、まっすぐな一振り。
熊型は、声もなく、崩れ落ちた。
静かだった。
アルスは、得物を下ろして、倒れた獣を、しばらく、見下ろしていた。それから、腰を抜かしている子に、手を差し出した。
「……主。無事です」
戦いの直後でも、報告は、いつも通りだった。
「うん。……ありがとう、アルス」
それしか、言えなかった。
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群れは、それから長くは、もたなかった。
先頭の勢いが崩れると、獣たちは、糸が切れたみたいに、ばらばらになって、森へ帰っていった。あの、影の濃い三体も、いつの間にか、消えていた。
怪我人は、なし。転んだ子も、無事。
倒したのは、あの熊型、一体だけ。
夕方、1層に降りて、その獣のそばに、しゃがんだ。
大きな獣だった。熊に、よく似ていた。……でも、たぶん、熊では、なかった。毛並みは、森の獣のものなのに。
目が、最後まで、どこか、遠くを見ていた。
うちを見ていたんじゃない。もっと、別の、どこかを。
「……ごめんね」
この子も、ただの、森の獣だったはずなのに。
「コアさん。この子、森に、返してあげよう」
《……はい》
森の際、群れが帰っていった方角の、大きな木の根元に、埋めた。
土をかける前に、毛並みについた土を、一度だけ、払った。
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夜、記録を、見返した。
変だったことを、並べる。
目的推定が、不明だったこと。バラバラの種族が、一つの群れで動いたこと。見たことのない三体。そして——引き際。
群れは、崩れて逃げた。でも、あの三体は、崩れる前に、消えていた。まるで、見るものを見終わったから、帰った、みたいに。
地図を、開く。
群れが来た方角に、線を引く。線は、骨の印を、通っていた。その先は、染み。
「……コアさん」
《……はい》
「今度は、向こうから、来たんだね」
コアさんは、答えなかった。
こっちが見ていたものは、ずっと、こっちを見ていた。
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