第85話 結依、覚悟を決める①
旅行から帰って1週間後、私はレコード会社の会議室にいた。目の前には持田さん。
「結依ちゃん、本当にいいんだね?」
「はい、私が決めたことなので。悔いはありません。」
「そうだよね、結依ちゃんはそういう人だったもんね。分かった。手続き諸々やっておくね。」
「ありがとうございます。」
そう言って私は、会議室を後にした。
「もったいないなぁ…」
翌日。公式サイトに1件のお知らせが更新された。それに1番最初に気づいたのは志乃ちゃんだった。LINE通話が来た。
「結依さん!どういうことですか!」
「志乃ちゃん、落ち着いて。説明会開くから、それまで待って?」
「待てません!!!結依さんはそれでいいんですか!?」
「それも含めて説明するから」
「…分かりました。」
そう言って通話が終わった。次が問題だな…。
公式サイトに更新された記事のタイトルが、
「平塚結依 卒業のお知らせ」
だったからである。杏は公式サイトを見ないからな。多分気付かないだろ。杏は隣ですやすやと眠っている。その間に朝食でも作るか。
私がお味噌汁を作っていると、杏の叫び声が聞こえた。
「何これ!?」
ため息を吐き、出来上がったお味噌汁の火を止め、杏の元へ行く。
「結依これどういうこと!?」
「杏、そこに座って。説明するから。」
むすっとしながら杏が私と向かい合う。私は続けた。
「…って理由があるの。私の夢。そこは理解してほしい。」
「わかんない。わかんないよ、そんなの…」
杏が涙を流す。私は杏を抱きしめ、言った。
「今の関係が変わる訳じゃない。ただ、志乃ちゃんと沙耶香ちゃんが入ってきた今がチャンスなの。6人でも充分にやり遂げてきた。軌道にも乗ってきた。だから。ね?」
杏は無言で涙を拭き、着替えてどこかに行く支度を始めた。
「どこ行くの?」
「事務所。持田さんに話しに行く。」
「持田さんは関係ないよ。持田さんを巻き込んじゃだめ。」
「だって…」
「今回は私の一存なの。お願い。杏には分かって欲しい。」
「…」
「それに、これから私は杏だけの物になるんだよ?それってかなりお得じゃない?」
「…うん。」
「ね。とりあえず朝ごはん食べよう。それで一緒に事務所に行こう。」
「うん…」
事務所。そこにはwonderの全員が集まっていた。
「みんな、公式サイト見たかな?」
「はい…」
「見た通り、結依ちゃんはwonderを卒業します。」
「なんで、何ですか!?」
「その件については結依ちゃんから」
「えっとね、何から話していいか分からないんだけど、とりあえず、卒業します。理由としては、wonderを嫌いになった訳じゃない。むしろ愛してる。だからこそ、杏、志乃ちゃん、沙耶香ちゃん、浅倉さん、大森さんにはもっと活躍して欲しい。」
志乃ちゃんが泣いていた。浅倉さんも、大森さんでさえ。私は続けた。
「別れってものはいつか来るもので。それが、卒業公演だっただけ。私がいなくてもwonderが輝くように。それを期待して、卒業します。」
「…」
杏だけが難しい顔をしていた。ミーティングが終わり、杏と帰ろうとしたらもういなかった。今日の夕食の相談したかったのに。
今日はエビフライにしようと、材料を買って家に帰る。空いていた。不用心な。
「杏?」
杏が泣いていた。私はそっと杏を抱きしめる。
「ゆ、結依!?」
「杏、必死に我慢してたんだよね。ごめんね。ありがとう。」
「結依ぃぃぃぃ」
泣きじゃくる杏の頭を私はずっと撫でていた。今だけはこうしていてあげよう。




