第84 結依と杏、旅行する②
「さ、帰るよ!」
「杏の地元ってどこだっけ?」
「三崎口だよ。京急線。」
「じゃあ品川まで出なきゃいけないね。まず渋谷まで出て…」
「とりあえず渋谷まで出ようか。」
「そうだね。」
秋を思わせる空気に私はホッとする。秋生まれだからだろうか。
「涼しいね。金木犀の香り、いい香り。」
「お、風情ある一言」
「私だって学ぶんですー。」
「はいはい。鍵閉めた?」
「閉めたよ。出発!」
「出発!」
杏がナチュラルに手を繋いできた。私はその手を優しく握り返した。
品川駅はひどい混みようだった。私ははぐれないように杏の手を強く握った。
「快速・三崎口行き、まもなく到着いたします。」
「泉岳寺から座ればよかったね」
「そうだねぇ。まぁ座れなかったら景色を楽しもうよ。」
電車が到着する。席を確保した。
「座れてよかったね。」
「そうだね。」
1時間と20分後、電車は三崎口に着いた。海の香りがする。入り口で叔父さんが待っていてくれた。
「叔父さん!」
「おー、良く来たな。結依ちゃんもここまでご苦労さん」
私はぺこりと頭を下げた。
「よっしゃ、車乗りな。家行くぞ」
「はい。」
車に乗り込む。相も変わらず手を繋いでいた。叔父さんはこちらを一瞥した後、車を発進させた。
叔父さんの家は三崎口駅から車で40分のところにあった。綺麗な部屋だ。私は仏壇に手を合わせる。
「結依ちゃんありがとうなぁ、手ぇ合わせてくれて。」
「信心深いので」
「ほら、杏。そんな顔するな。りんごジュース。冷えてるぞ。」
「…ありがと。」
「今日はどうするんだ?」
「んー。久しぶりだし散策でも行こうかな。」
「そうだな。それがいい。」
杏が私の服を引っ張る。着いてこいということだ。
私はあえて問う。
「何?」
「いや、その」
「ん?」
キスができる距離まで顔を近づける。
「一緒に…来て欲しい…」
そう言う彼女の顔は真っ赤だ。私は頬にキスをした。
「よく出来ました。」
頭を撫でる。あ、叔父さんの前だった。振り向くと叔父さんがニヤニヤしていた。
「まぁ、仲良くな、やってくれや。」
そう言われちゃあしょうがない。仲良くやるしかないね。杏の手を引いて外に出る。
「んー!潮の香り懐かしい!」
「杏、18年ここにいたんだっけ?」
「私の家は金沢八景にあったから。」
「じゃあここは?」
「小さい頃によく来てたの。従兄弟と一緒にいっぱい遊んだなぁ。」
そう言う杏の顔は、郷愁に満ちていた。
「ちょっと歩こっか。」
「うん。」
「手、繋ぐ?」
「スキャンダルになったらまためんどくさいから我慢する…」
「はい、了解」
街を歩いていると、声を掛けられた。
「あの!wonderの平塚結依さんと市川杏さんですよね!?サインください!」
「あ、はい。はい、結依」
「…はい、どうぞ」
「わー!ありがとうございます!嬉しい!ずっとファンだったんです!」
「ありがとうございます!」
笑顔で手を握る杏。こう言うところが上手くなって来たなぁと実感する。
「結依ちゃんも握手いいですか!?」
「いいですよ。ありがとうございます。新譜出すので聞いてね。」
「はい!」
女の子2人はきゃいきゃい言いながら去っていった。こういうのを経験すると、改めて自分はアイドルなんだなぁと自覚する。
「ね、ねぇ、結依。ちょっと、人気のないところ行きたいな」
「何?どうしたの?」
「…キス、したくなっちゃった…」
私の心が射抜かれた音がした。必死で人気の無い道を探す。あった。
「あそこ、人気ないよ?」
「うん…」
人影に隠れると、いきなりキスをしてきた。
「んっ…ふっ…」
「んっ、ちょ、激しい…」
「結依が欲しいの…!叔父さんちじゃ出来ないから…」
何度も激しいキスをする杏。そんなに欲求不満だったんだろうか。杏の手が私の下半身に近づいてきたので、流石に止めた。こんなところでやったら痴女である。
「それはだめ。やるなら屋内で。」
「じゃあホテル…」
「ここら辺無いでしょ」
「むぅ…」
「ちょっとの我慢だよ。ね?」
「うん…」
叔父さんの家に戻ると、お寿司が2皿用意されていた。
「結依ちゃんにも三崎の寿司の美味しさを知って欲しくてね。ちょっと多めに出前取っちゃった。」
「ありがとうございます。お寿司大好きなので嬉しいです。」
三崎の魚は確かに美味しかった。流石水産の街だ。
美味しいお寿司に舌鼓を打った後は、杏待望のお風呂だ。
服を脱ぎ浴室に入る。広くないか?どうなってるんだこの家。
そしていきなり抱きしめられる私。そんなに欲求不満なのか?押し倒される。野獣の顔をした杏が目の前にいた。
――――――――暗転―――――――――――
「…私体洗うから。」
「うん!」
さっきと違って生き生きとしている。人の気も知らずに。
頭と体を洗い、湯船に浸かる。湯船も広い。足が伸ばせて2人が入れるとかどんだけ豪華なんだこの家。
お風呂から出て大広間でのんびりしていると、猫がやってきた。
「にゃあ」
「あら猫ちゃん。こんにちは。」
猫が私の膝に乗る。
「結依、とらちゃんに気に入られたね。」
「この子とらちゃんって言うの?」
「そうだよ。」
「とらちゃん、こんにちは」
「にゃー」
「可愛い。杏みたい。」
「にゃにおう!」
とらちゃんが去っていく。もうそろそろ寝る時間だ。
「さ、寝るよ。杏。」
「うん。眠くなってきた…」
布団を敷いて中に入る。杏が入ってきた。
「一緒に、寝よ?」
「いいよ。」
杏の体温がダイレクトに私の身体に伝わる。私は杏をぎゅっと抱きしめた。
「おやすみ」
「おやすみ…」
今日はゆっくり眠るとしよう。




