第6話 ソロデビュー①
スーパーに来た。食料がもう無くなってしまったからだ。
「丸鶏ガラスープと…あ、キャベツ安い。回鍋肉にしようかな。クックドゥも安い。ここは天国か…」
お買い物を終えてバスに乗ろうとしたら、杏から電話が入った。
「今何してる?」
「お買い物終わって帰るところだよ。」
「駅前のスーパー?」
「そうだよ。」
「じゃあバス停で待ってる!」
「分かった。クレープ買ったから。」
「やった!待ってるね!」
電話が切れたと同時にバスが来た。今日はツイてるね。
バスに揺られて30分、最寄りのバス停に着く。杏がいた。
「杏。早かったね?」
「私もバスだったから!」
「そうなんだ。荷物持ってくれる?」
「うん!」
家に着くまでの10分間、今日の出来事を杏が話す。浅倉さんがリズム取れるようになってきたこと、高山さんが杏に怒鳴られたこと。
「そうなんだね。あんまり高山さんいじめちゃだめだよ。」
「だって余りにも目に余ったんだもん。」
「それでも我慢するの。杏なら出来るよ。」
「分かった…」
家に着く。荷物を置いて杏を抱きしめた。
「どうしたの?珍しい。」
「たまには私から行かないとね。」
「えへ、嬉しい。」
「杏、柔らかいね。いい匂いもする。」
「汗臭いよ!」
「構わないよ。」
「もう…」
15分位だろうか。杏を抱きしめていたのは。私は満足して杏から離れる。
「あー、すごいすっきりした。」
「ハグはストレスを抑えてくれるんだって!」
「そうなんだ。じゃあ今日一緒に寝ようか。リラックス効果で安眠出来るかも。」
「う、うん」
添い寝を楽しみにしながらお夕飯の支度をする。今日は杏も手伝ってくれるらしい。じゃがいもとにんじんの下ごしらえをお願いした。
「…」
「なに?」
「危ないよ。ピーラー使いなよ。」
「大丈夫だって。」
「血まみれの味噌汁なんか飲みたくないよ。」
「分かったよ…」
杏は料理が得意じゃないらしい。皮を剥くときもまさか包丁を選ぶとは思わなかった。
「はい回鍋肉とお味噌汁出来ました。いただきます。」
「いただきます!」
回鍋肉は割とよく出来たと思う。お味噌汁も血まみれにならずに済んだ。
「そうだ。私歌手デビューすることになったんだ。」
「えぇ!?」
「高山さんからLINEがあった。ほら。」
「ほんとだ…結依すごいじゃん!」
「私もう引退した身なんだけどね。」
「絶対ダウンロードして聴きまくる…!」
「楽しみにしててね。」
お風呂から出た杏のストレッチを手伝ってやる。柔らかい。暖かい。愛しい。
「結依?痛いんだけど…」
「あ、ごめん。考え事してた。」
「次は足伸ばしね。横から押して欲しい。あ、そうそう」
「やっぱり杏は柔らかいね。」
「そうかな?」
「そうだよ。私にはもう出来ない。」
「でも歌唱レッスンはあるんでしょ?」
「体は使わないから。今日から腹筋始めないと。」
翌日。大学が終わった後、事務所へ向かう。前に通っていた事務所ではなく、社長の紹介してくれた事務所だ。多分私が前の事務所で歌手やるって言ったら、他の子たちが嫉妬するからだろう。本気で殺されかけない。
新しい事務所はとても綺麗だった。ビル全体が新しい事務所の所有物であり、私も知ってる人たちが所属している。
「わ、私ここに所属するの?」
「えっと、平塚結依さん?」
「あ、はい」
長身ですらっとした体をして、穏やかそうな人に話しかけられた。誰?
「俺は平塚さんの専属マネージャー、持田です。」
「あ、よろしくお願いします、平塚結依です。」
「じゃあ事務所行こうか。」
エレベーターの12階、小部屋に招かれる。
「いやー、突然歌手デビューは大変だよねー。あ、これ契約書ね。よく読んでサインして。あと通帳とか持ってきた?」
「あ、持ってきました。はい。」
「ちょっとコピーしてもいい?後で振込口座書いてもらうからね。」
「はい。」
諸々の手続きを終え、施設を紹介された。レコーディングルームにトレーニングルーム、その他諸々を紹介されたが豪華だ。豪華すぎる。
「驚いてる?」
「は、はい。前の事務所はこんな設備も無かったですし、正直こちらの事務所に所属するのも嘘じゃないかって思ってます。」
「大丈夫大丈夫。さっき契約書書いたでしょ?うちの事務所に所属してもらいます。」
「分かりました。」
「あと、これデビューシングルの楽譜と音源ね。覚えてきてね。1週間で大丈夫?」
「大丈夫です。」
「流石!じゃあ今日はこれまでね。また1週間後に。」
「はい。ありがとうございます。」
自宅
「うわ、難しい。転調2回するんだ…」
CDを聴き込む。これは音源何回も聴き込むしかない。
「ただいまー」
「…」
「ただいまってば!」
「あ、杏。おかえり。」
「それなに?」
「デビューシングルの楽譜と音源だよ。」
「へー。ちょっと見ていい?」
「いいよ。」
杏が楽譜に目を落とす。数分後。
「難しいね、これ」
「そうなのよ。難しいの。」
「でも楽しみにしてるね。」
「ありがと。」
しばらくはこの曲を聞き込んで覚えるしかない。締め切りは1週間後。やるしかないか…。




