第53話 結依と杏、ケンカする。
その日は新曲のフリを決めていた。
「だからさ、この部分はこうしてさ」
「いや、こうでしょ」
「いや、こうだから!」
「そしたら莉緒ちゃんと皐月ちゃんに負担になるでしょ」
「結依は分かってない!」
「分かってないのは杏の方でしょ?」
「もういい!」
そう叫んで杏は出て行った。心配そうに見つめる莉緒ちゃん皐月ちゃんに笑いかけ、「歌唱練習からやろうか」と伝えた。
家に帰ると、杏はいなかった。
「結依のバーカ!」
と書かれた紙だけがテーブルの上に置かれた。少し私も頭を冷やそうと実家に帰ることにした。
「ただいま」
「あら、杏ちゃんの家じゃないの?」
「喧嘩した。」
「あらあら。まぁしばらくゆっくりしていきなさいよ。」
そう言って母は台所に消えていく。私は自室へ戻った。
久しぶりの自室である。ベッドに倒れ込み杏のことを思う。
「今頃泣いてるんだろうなぁ。まぁ自業自得だよね。」
ぬいぐるみを抱きしめながら、眠りについた。少し疲れた。今日はゆっくり休もう。
杏宅。
結依はいなかった。書き置きも何も無く。
「ま、まぁ実家にでも帰ったんでしょ。べ、別に1人でも寂しくないし!」
時刻は15時を指していた。少し寝ようかな。疲れたし。ベッドに倒れ込む。
「このベッド、こんなに冷たかったっけ…?」
違和感を覚えつつも、いつの間にか眠りについていた。なぜか涙が頬を伝ったのは気のせいだ。
「結依ー、ご飯よー!」
「…」
「結依!ご飯!」
「あ、ごめん…寝てた。」
「疲れてたのね。あんたの好きな物支度したから。」
「ほんと?ありがとう。」
ハンバーグに肉じゃが。私の大好物だ。私も小さい頃から母の作り方を見て来たからハンバーグには自信がある。
「うん、やっぱこの味だね。」
「あんた小さい頃から私のハンバーグ好きだからね。」
「お母さんのハンバーグは世界一だよ。」
「嬉しい事言ってくれるじゃない。で、喧嘩の原因は?」
「フォーメーション決めで揉めた。」
「あら。」
「でもまぁ、今回は杏が悪いし。」
(この子も意外と頑固だからなぁ)
「ごちそうさま。お風呂入る。」
「はいはい」
杏宅
「…今日はコンビニでいいや…」
コンビニで軽く買い込み、夕食を摂る。
「1人ってこんなにご飯美味しくなかったっけ…。」
パスタに涙が滴った。
「結依ぃぃ…会いたいよぉ…」
その頃。
「んー!お母さんのお漬物最高!」
「あんた帰ってあげたら?」
「懲らしめてやらなくちゃ。だって今回のフリの提案、自分自身しか得しないフリだったんだよ?納得いかないじゃん」
「まぁ、そうだけど…漬物まだ食べる?」
「食べる!」
「でも杏ちゃんもwonderのことを考えて提案したんでしょ?そこは考慮してあげたら?」
「まぁね。もう少しだけいさせてよ。可愛い娘との生活を楽しんだら?」
「はいはい。食べたらお風呂入っちゃいなさいよー?」
「はーい!
お風呂に入って柔軟体操を終わらせる。それでも虚無感があるのは何故だろう。早く布団に入っても眠れない。私は何も悪いことしてないのに!なんで私だけ!?
考えれば考える程神経が昂る。外に出た。満月だった。
「結依…」
いつから結依がこんなに恋しくなったんだろう。結依に依存してるのかな。結依に逢いたい。逢って思い切り抱きしめられたい。結局私は結依がいないとだめなのだ。
「結依、ごめん…」
謝罪の言葉は虚空に消えていった。
wonderの練習は1週間休みだ。自宅に居着いてからもう3日だ。
「あんたそろそろ帰りなよ。流石に杏ちゃん可愛いそうだよ。」
「そうだね。そろそろ懲りた頃かな」
帰る支度をする。結依の好きなケーキを買っていってあげよう。
「じゃあまた来るよ」
「ちゃんと仲直りするんだよ。」
「分かってるよ。じゃあね。ありがとう。」
自宅から結依宅まではバスで1時間。ケーキを買って自宅に入ると、杏はいなかった。
ケーキを冷蔵庫に入れ、部屋を片付ける。洗濯を回していると、杏が帰ってきた。
「おかえり」
「ゆ…い…?結依!!」
いきなり抱きついてきた。杏の背中を撫でてやる。
「おかえり…結依…おかえり…」
「ただいま。寂しかった?」
「それどころじゃないよ!怖くて、悲しくて、寂しかった…」
「それについてちゃんと、話そう?」
2人向き合って正座をする。
「なんで私が自宅に帰ったか分かる?」
「…私がムチャなフリを提案したから」
「それもそうだし、私たちの事も考えてなかったよね?」
「…うん」
「それは良くないんじゃないかな?」
「…良くないと思う。」
「ね?私たちは4人でチームなの。それを乱すのは良くないと思う。」
「分かった…」
「いい子いい子」
頭を撫でてやる。抱きついて来た。
「寂しい思いさせてごめんね。」
杏は泣いていた。恐らく私の3日間は杏の1週間なんだろう。しばらく離れなかった。
寂しい思いをさせてしまったことに少し後悔したのは秘密だ。




