第32話 レコーディング③〜夜の日常
今日から私のレコーディングが始まる。
「結依、調子はどう?」
「昨日よりは調子いいかな」
「昨日39℃出してたもんね。」
「抗生物質が効いてきたみたいだね。あ、呼ばれた。」
のどにスプレーをしてレコーディング室に入る。一曲目は「夢に向かう虹」だ。
「結依ちゃん高音出ないね。のどスプレーしてみる?」
「はい…お願いします。」
後で聞いた話によると、杏がハラハラしながら見ていたという。そんなにかな?
「あ、ごめんなさいBメロ外しました。」
「え?今ので大丈夫だったよ?」
「私が納得いかないんです。もう一回お願いします。」
今日は4曲中2曲をレコーディングする予定だ。1曲目に4時間費やした。よろしくない。でも妥協はしたくない…。悩んでいると、持田さんが「2時間位ならエンジニアさんも言ってるよ。」
「いいんですか?」
「大丈夫だって。」
「ありがとうございます。」
お昼休憩を挟んで2曲目「幻想」ロックテイストの曲である。ロックテイストの曲は私の得意分野だ。
「お願いします。」
「じゃあイントロ流しますー。」
「幻想」のレコーディングは思った以上に進み、定時にレコーディングが終了した。
「ありがとうございました。」
「良かったね。はい、のどスプレー」
「ありがとうございます。明日また耳鼻科行かなきゃな。」
「そうだね。まだ調子悪そうだし。送ってくよ。」
「あれ?今日会食じゃなかったでしたっけ?」
「キャンセルになったんだよ。どっか食べに行く?」
「いえ、飼い猫が威嚇しているので。」
「あはは。本当だ。じゃあ帰ろうか。」
「はい。」
まだ杏はこちらを睨んでいた。私は見ないふりをして事務所を出た。
「結依ちゃんは杏ちゃんに愛されてるねぇ」
「たまに愛が重いですけどね。」
「たまにってか結構じゃない?」
「そこはまぁ…否定はしませんけど。」
「だよね。着いたよ。」
「ありがとうございます。また明日もよろしくお願いします。」
「お疲れ様。じゃあね。」
持田さんを見送り家に入る。あ、そういえば洗濯洗剤切れてたんだ。どうしよう。買いに行くか。
…ドラッグストアとは魔鏡である…商品は安いし、品揃えも豊富だ。現に洗濯洗剤だけを買いに来た私がカゴの中いっぱい商品を詰めている。
「あ、風邪薬切らしてたんだ。買っとこ…それにしてもすごい荷物だな。」
会計を終え、スマホを見ると杏から着信があった。
「もしもし杏?どうしたの?」
「…鍵がない…」
「え!朝鍵閉めたの杏でしょ?」
「無くしたかも…」
「えー!今から帰るから、少し寒いけど待ってて。」
ここから30分。ちょうど来たバスに乗り込む。
(鍵無くしちゃまずいよなぁ。管理人さんに相談かな)
40分後、杏は玄関前で震えていた。鍵を開けて中に入り、杏を抱きしめる。
「寒かったね、ごめんね。鍵は管理人さんに代えてもらおう」
「結依ぃ寒かったぁぁぁ…」
「ごめんごめん。今日は肉野菜炒めだよ」
「分かった…」
杏がお風呂に入っている間にお肉と野菜を炒める。味の素には頭が上がらない。
「はぁ、気持ちかった。あ、美味しそう!」
「でしょう。さ、髪乾かすよ」
杏の髪をドライヤーで乾かし、ヘアオイルを付ける。いつもの杏の完成だ。
「はい、出来上がり。いつものさらさらつやつや杏の出来上がりだよ。」
「流石結依…ヘアスタイリスト目指せるんじゃない?」
「流石にそこまで手ぇ広げないよ。私もお風呂入ってくるね。」
「うん。」
お風呂も終え、髪を乾かした後杏の元に行くと、犬のように目を輝かせながらテーブルに正座していた。
私は笑いながら、
「おまたせ。肉野菜炒めだよ。」
「いただきます!」
杏がご飯を口に入れると同時に呻る。
「美味しい!」
「お米の種類変えたからね。美味しいか。」
「肉野菜炒めももやしがシャキシャキしてて美味しい!」 「何か今日の杏お腹空きまくってるね。やっぱり鬼軍曹のパワーは偉大だわ。」
ご飯に肉野菜炒め、白菜ときゅうりのお漬物、お味噌汁。我ながらナイスなおかずのチョイスだと思う。
食事を終え、食器を洗い、リビングでのんびりする。夜風が涼しい。
「杏、好きだよ」
時が止まった。動かしたのは杏だった。
「ななな何をいきなり」
「え、いつも杏から言われるからたまには、と思って。」
「びっくりして吹き出しそうになったよ…」
私は両手を広げた。ぽふんっ、と杏が収まる。お風呂のおかげで体はぽかぽかだ。
「ねぇ、私も、好き」
「好き同士だね。嬉しいね。」
「うん。」
夜が更けて行く。




