第2話 学生生活①
校内見学を終え私たちは学食にいた。
「わー、お店いっぱいあるんだねー。」
「梨奈は学食にするの?」
「そうだよー。結依は?」
「私も学食にする予定だよ。」
梨奈の顔がぱあぁっと輝いた。嬉しそうだ。
「じゃあこれから一緒に食べよ!」
「いいよ。楽しみだね。」
「うん!楽しみ!」
今日から2日間はオリエンテーションなので、帰りが早い。家に着くともう杏がいた。
「お疲れ様。早かったね?」
「…座って」
「うん?はい。」
「さっきの女の子は誰?」
「同じ学部の梨奈ちゃんだけど。」
「どういう関係?」
「ただの同級生だけど。あ、杏もしかして嫉妬してる?」
杏の顔が真顔になった。地雷踏んだか?
そう思って次の手を待っていると、急に泣き出した。
「どうしたの?ほら、泣かないで。」
「結依が私だけの結依じゃなくなっちゃうぅ…」
なんだこの可愛い生き物。可愛い。
「いい?杏。私は私、誰のものでもないの。だけど杏の特別にはなれる。私は杏を裏切らないよ。」
「結依ぃ…」
「ね。泣き止んで。」
「分かった…」
「あと、今日のサプライズ。あれはだめだよ。大学の人たちは喜んだかもしれないけど、私は肝を冷やしたんだからね。よくworld wonder!踊れたよ、即興で。」
「ごめん…」
world wonder!はwonderの代表曲だが、曲が難しい。振り付けも難しい。ましてや歌いながら踊るなんて並大抵の記憶力が無いと難しい。
それを即興で踊ったんだから褒めて欲しいくらいだ。
「あ!そうだ!もうすぐ結依の誕生日でしょ!前祝い!」
そう言って前に出されたのは
「指輪?」
指輪である。
「せっかくだからさ!ペアリング作ったの!」
「あ、ありがとう。GPSとか入ってないよね?」
杏が顔を逸らす。
「入れてるんだ?」
「だって…結依が私だけの結依じゃなくなっちゃうのが嫌で…」
「だからってGPS仕込まないよ普通。」
「うぅ…」
杏を抱きしめる。驚いた顔をしていたが、すぐにその顔は綻んだ。
「大丈夫だよ。いなくならないし、これからもずっとそばにいる。だからGPSは外して。」
「はい…」
翌日。オリエンテーション2日目。梨奈と大学内をウロウロしていると、軽音部に声を掛けられた。
「あ!wonderの平塚結依ちゃん!」
「元wonderです。」
「ちょっと軽音部見ていかない?」
「結依、ちょっと見ていこうよ!」
「え?うーん…」
部室に入ると、空気がざわついた。私は別にいいんだけど梨奈がなぁ。かわいそう。
「せっかくだからさ、2人とも何か歌ってよ!」
「いや、私歌えないんで」
「えー、2人とも可愛いのに」
何の関係があるんだ?まぁ確かに梨奈は可愛いけど。
「じゃあせっかくだしさ、結依ちゃん歌ってよ!world wonder!演奏できるよ。」
「え、あんな難しい曲をですか?転調3回するんですよ?」
「出来るよ。」
あんな難しい曲を演奏出来るのはすごい。ライブでもバックバンドの人たちは苦戦してたのに。
「じゃあ…」
拍手喝采が起こる。私はマイクを持ち、合図を出してworld wonder!が始まった。
「笑って 世界は驚く程光に満ちてる 君の輝きは僕を照らすから さぁこの手を取って」
驚く程スムーズに歌えた。演奏もスムーズだったし。やるな。部長らしき人が拍手をしてきた。
「いやー、素晴らしい!やっぱり歌上手いね。どう、軽音部?」
「ちょっと考えます。では…」
梨奈と2人、部室を出る。梨奈は嬉しそうな顔をしていた。どうしたんだろう。
「いやー!生歌はいいね!お友達になれて良かった!」
「梨奈はさ、嫌じゃない?私と比べられるんだよ?」
「全然!むしろ誇らしいよ!」
「…ありがとう。私も梨奈と友達になれて良かった!」
2人顔を見つめあって笑う。お腹すいたねと言って学食でご飯を食べることにし、地下1階に行くと学食は学生でごった返していた。
「わー!すごい人!」
「座れるかな?」
「あ、あそこの席空いてる!」
梨奈はロコモコ丼を、私は唐揚げ定食にした。
「結依肉食だねー」
「そうかな?やっぱり陸上部だったからかな。」
「陸上部押すね?」
そう言いながら梨奈が笑う。私はちょっと嬉しくなった。
明日は履修登録をすることになった。もちろん梨奈と一緒である。
「じゃーねー!」
駅で梨奈と別れる。さて、今日は杏、怒ってるかな?
「ただいま。杏?」
まだレッスンから帰ってきてないようだ。髪の毛を縛り夕ご飯の支度をする。
主菜と副菜が出来、お味噌汁を煮込んでいると杏が帰ってきた。
「ただいまー」
「あ、おかえり杏。もう少しでお夕飯出来るから手洗って待ってて。」
杏が無言で私を抱きしめる。火のそばだから危ないんだけど。
「杏?」
「他の女の匂いがする…」
「あぁ…ごめん、今日梨奈と一緒だったから。」
「私がいながら…」
「ごめんてば。ね?」
無理やり杏を引き剥がし、お味噌汁を作る。まだ許していないのか、杏はリビングからこちらをずっと睨んでいた。小さくため息を吐き、
「杏、こっち来てお味噌汁の味見してくれる?」
「うん」
「どう?」
「出汁足りないんじゃない?」
「じゃあほんだしを一振り…どう?」
「うん!美味しい!」
「じゃあこの味で行くね。お茶碗とか準備してくれる?」
「うん!」
良かった。機嫌が直ったみたいだ。主菜と副菜の準備をし、ご飯をよそって杏の目の前に並べる。
「今日も美味しそうだね!」
「お口に合えばいいんだけど。さ、いただきます。」
「いただきます!」
杏は今日一日あったことを楽しそうに話している。レッスン中に高山さんにブチ切れたこと、そのせいでレッスンが中止になったこと…ブチ切れたの?
「何があったの?」
「レッスン中に電話したり色々してて、目に障るから会議室でやってって言っても止めなかったからスリッパ思い切りぶん投げた。」
「あら…。高山さんも悪いけど、杏もダメだよ?すぐに沸点が下がっちゃうのが杏の悪いところだよ。」
「う、うん…」
「浅倉さんも大森さんもいてのwonderなんだからね。少しは気を遣ってあげてね?」
「分かった…」
しょぼんとしている杏の頭を撫で、食事を終える。杏はまだ食事中だったので先に洗い物をしていると、また抱きついてきた。
「ご飯終わったの?」
「終わった。」
「じゃあ貸して。洗っちゃうから。」
「はい。」
「お皿拭いてくれる?」
「うん!」
さっきより大分機嫌が直ってきたようである。鼻歌を歌いながらお皿を拭いていた。一安心だ。
「ねぇ」
「何?」
「今日、一緒にお風呂入りたいな…」
「いいけど。」
「ほんと!?」
「全然いいよ。」
一気にボルテージが上がったようである。そのおかげでお皿が一枚犠牲になった。
家事も終えて、お風呂場である。まだ2人で入ることに慣れていないけど、杏が喜ぶのならそれはそれでいい。
「結依ってスレンダーだよね。」
「り」
「陸上部だから、でしょ?」
にんまりと子どもの様に笑う。その表情に私はキュンとして、思わず杏を抱きしめた。
「きゃっ」
「可愛いね?杏。」
「あ、ありがと?」
顔をチラッと見ると、真っ赤になっていた。可愛い。杏の全てが愛しい。
「は、入ろう?お風呂に。」
「うん、入ろう。今日は洗ったから綺麗だよ。」
「あ、ありがとう。」
抱きしめただけでこうなんだから、その先はどうなるんだろう。
「あー、気持ちいい。足伸ばせるってやっぱりいいね。」
「実家の時は伸ばせなかったの?」
「伸ばせなかったねぇ。何よりあんまり長湯をする習慣が無かったから。」
「そうなんだ。あ、シャンプー切れそう。」
「新しいの買ってきたから今出すね。」
「あ、ありがとう。」
シャンプーを手に取り、杏の元に戻る。杏はもう体を洗っていた。
「シャンプー詰め替えとくね。」
「ありがとー。」
「次洗って大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「はーい。あ!シャンプー、フレグランス違いの買ってきちゃった。」
「大丈夫でしょ。その香り好きだよ。」
「そう?じゃあいいか。」
こちらも頭と体を洗い終わり、また浴槽に戻る。そう。杏と対面するわけだ。
「…」
「ねぇ、何で目合わせないの?顔真っ赤だよ。」
「こんなことになるとは思わなかった…」
「だいたいお風呂一緒に入るってことは、こうなるって分かってたでしょ?」
「うん…」
「私の目を見て。ほら。」
「…見れない…」
言葉責めをしているように見えると思うが、言葉責めをしているのである。杏は奥手だ。私から何かしらのアクションを起こさないといけないのである。私は杏の両手を掴み、私の顔を触らせた。
「せっかく触れ合える時間が増えたのに、いいの?」
「…」
ふるふると首を横に振る。じゃあ、と唇を重ねようとした瞬間―
「わ、私先に上がる!」
浴槽から出て行った。もう少しだったのに。私も追って浴槽から出て体を拭いた。
「もう少しだったのにね。」杏は顔を真っ赤にしながら、
「う、うるさい!」そう言って顔を逸らした。
「あー、気持ちいー。」
杏の髪をドライヤーで乾かす。ふわふわカールの髪の毛を櫛でとかしながら丁寧にドライヤーをかける。これも私の仕事の一部だ。何より楽しいし。
「ねぇ、あの梨奈ちゃん、だっけ?あの子とはどういう関係なの?」
「どうこうも、ただの学友だよ。それ以上の事はないよ。」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。大丈夫。杏は何も心配しなくて大丈夫。」
「分かった…」
「ほら、髪乾かし終わったよ。私の髪も乾かして。」
「うん。」
ドライヤーをしまい杏の元に戻ると、しおらしい姿になっていた。また落ちたか?
「どうしたの?」
「明日大学?」
「うん。履修登録するだけだからすぐ帰って来るけど。」
「そっか。」
「うん?どっか行きたい?明日はレッスン休みでしょ?」
「…また渋谷行きたい。」
「うーん…いいよ。」
笑顔になった。表情がコロコロ変わって面白い。
「楽しみ!」
まぁ、これくらいで機嫌が良くなるのならまぁいいだろう。そう思いつつ、テレビを付けた。




