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誘導作戦

 理路整然と並ぶ人の群れ。

 草一本生えぬ荒れた大地のその先に、それは在った。

 それを囲む大地とは打って変わり、豊かに緑生い茂る。

 人の、真なる故郷。


 楽園。


 不可視の結界で陽炎のように揺らめいて見えるそれは、さらにその内側に天へと伸びる黄金の柵で囲まれている。

 しかし、それらを突破する前に、突破しなければならないものも当然見えている。

 空を舞い憚る、数え切れぬほどの様々な色彩の翼。


 天使。


「嗚呼、色鮮やかで……選り取り見取りだな、王よ」

 荒野を見渡す高台に、悪魔は立っていた。

 極彩色の天使達を見晴らしながら、後ろに設えられた天幕に居る人を振り返る。

「……捕まえるのは、一匹のみだ」

 緩慢な動きで、ゆらりと立ち上がった王は、悪魔の隣に並ぶ。

 居並ぶ二つの黒に、静寂を守っていた兵士たちが微かにざわめいた。

「だが、御前の言う赤天使は飛んでおらんぞ」

 しかし、悪魔がそれを気にすることはなく、地平の先に舞う天使達を見続けている。

 若き王が捕縛を望む天使。

 赤い髪に、赤い翼、その赤は、鮮血の如く。

 しかし、いくら目を凝らせども、見当たらない。

 赤い天使など、一翼たりとも飛んでいない。

 髪が赤い者、しかし翼は別の色。

 翼が赤い者、しかし髪は別の色。

 片方が赤であっても、もう片方が別の色なのだ。

「あれは、楽園の最後の一枚壁……すぐには出てこない」

「最期の砦と言う辺り、やはり始天使のようだが……しかし、“赤”ではなかった気がするのだがなぁ」

 天使は、その生まれ方から二種類に分けられる。

 天使と天使の間に生まれた天使と、神が創った天使だ。

 天使には、九の位階が存在し、個の強さや能力によって位分けされる。

 最下位の天使に始まり、最上位の熾天使まで。

 しかし、熾天使の上、もう一つ、あまり知られていない位がある。

 それが、始天使と言う位階だ。

 神が、その創造力で直接創り出した天使は、その強さや能力に関わらず、必ず、この始天使位となる。

 生まれたその瞬間から、天使の最上位に存在する天使となるのだ。

 始天使は、神にその存在を望まれて創られる。

 神の力のみで生まれた天使と、天使の交わりで生まれた天使とでは、存在理由からして天と地の差なのである。

 そんな始天使と天使の見分け方は至って簡単だ。

 始天使は、髪と翼が同じ色なのだ。

 さて、そこで考えると髪と翼が共に赤いと言う、王が捕縛を望む天使はただの天使ではなく、始天使である可能性が高いだろう。

 悪魔が知り限りではあるが、確かに始天使が一翼存在する。

 ごく最近生み出された者、と言っても人間達にしてみれば数十年も前だが。

 しかし、それは“赤”ではなかった。

 遠目にではあるが実際見たその始天使は、赤くはなかった、むしろ……。

「血のような、赤……」

 ふと思いついた考えを、悪魔はすぐさま打ち消した。

 そんな“状況”に、天使が陥るはずがない。

 天使達は総じて、穢れや汚れを、忌み嫌う。

 始天使は、他の天使達よりもことさら厭う。

「私も幼い時に見た……あの忌々しい赤は、忘れない」

 不意に鼓膜を揺らす王の言葉に含まれる欲に、悪魔は笑う。

 この人間の欲は、酷く心地良い。

 傲慢を傲慢とも気付かず、欲するものをただ強欲に求め、手に入らぬそれに憤怒を燃やす。

「さて……我等の知らぬ間に、新たな天使でも生み出されたか」

 予想や憶測の域を出ない話を打ち切り、悪魔は踵を返した。

 先程まで王が留まっていた天幕に――否、正確には天幕が作る影に、踏み入る。

「我は陣の最終確認をしてこよう。

対象が始天使となれば、油断出来ぬからな」

 ふわりと、天幕が地に落とす影に吸い込まれるように、悪魔は姿を消した。


 独りその場に残る王は、人知れずため息を吐き出した。

「こんな昼間に、闇など消えるだろうに……何を考えているのやら」

 そう、今の刻限はあと半刻で昼食時と言う微妙な時間帯。

 日が南天へ向かう、光が強まっていく時間帯。

 だと言うのに、悪魔は自らこの時間帯を望んだ。

 何故に、この時間帯なのか。

 それだけではない。

 作戦の一環として、出陣する兵士達には食事を与えるなと言ったのだ。

 故に、兵士達は朝から水以外のものを口にしていない。

 食事は戦意に関わる重要なものだと言うのに。

 考えの全く読めぬ悪魔に、王はもう一度深いため息を吐き出した。

 ラッパ隊の時告げが荒野に響く。

 ざわめく兵士達。

 崖の上に一人立つ王。

 作戦はあらかじめ言われている。

 悪魔が敷いた魔術陣の中心に、目標の天使を誘い込むこと。

 しかし、誘い出すだけで、どれだけの命が消えるか知れない。

 兵士が並び見守る崖の上、王の眉間はヒクリと痙攣するが、遠目である上に刹那のそれに気付く者は無なかった。

 何事もなかったように腰に提げた剣をすらりと抜き出し、銀に輝く切っ先を、天使が舞う遥か彼方へと向ける。

「全軍、戦闘準備……楽園を我らの手に!」

『我らの手に!!』

 ざわめく荒野に響く声。

 その王の檄に返るのは、雄叫びに近い兵士達の声。

「敵は、楽園に在り!」

 こうして、第二次楽園大戦は、幕を開けた。

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