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天使捕縛

大量の血液、流血表現があります。苦手な方はお戻りください。

 聴覚を侵す、地響き、怒号、呻き、喚き。

 嗅覚を侵す、鉄錆にも似た血の匂い、土煙。

 視覚を侵す、(あか)(あか)(あか)

 夥しい数の兵士達の骸が横たわり、流れた血潮が川を作り池を作る。

 真実血の雨が降る荒野の真央。

 まるで舞うように軽やかに。

 一欠けらの迷いも躊躇いも無く。

 人間の腕が、足が、首が、胴が、金属であるはずの甲冑ごと切り飛ぶ。

 翻るのは、赤い髪、赤い翼、赤い衣、赤い双子鎌。

 たった一翼の天使が、人を、まるで草でも刈るように薙ぎ払う。

 他に天使はいない。

「あれだ」

「確かに、赤いな……見事なまでに」

「関心などせず、動け。

あれの生死は問わん……あれが戦場から消えれば、それでいい。

血で穢れきった戦場に、他の天使どもは出て来れないからな」

 彼方で舞う赤い天使を握り潰すように、王の手が虚空を握り締める。

「……忌々しい、赤天使め」

 漏らされた声は怨みそのもの。

 低い声音は悪魔の背筋を粟立たせた。

 恐怖、ではなく、歓喜が悪魔を震わせる。

「心得た」

 短く応えると、悪魔は戦場に背を向け天幕の影に踏み入り。

 ふと、王を振り向いて、笑う。

「御前に、人の欲と言うものを見せてやろう」

 数刻前と同じように、悪魔は影に融けて消えた。

 次の瞬間。

 赤が埋め尽くしていた戦場を、黒が覆い尽くした。


『……死にたくない』


『たすけ、て……』


『痛い、イタイ……いた……い……』


 黒ずんだ風が運ぶのは、散った命の最期の声か。

 はたまた、未だ辛うじて繋がる生存者のそれか。


『散った命も散り逝く命も、須らく……全ての欲を晒け出せ』


 愉悦に満ちた悪魔の声が、王の鼓膜を揺らす。

 誘う声が、戦場の命に囁く。

 立ち込める黒から、一点の赤が飛び上がる。

 あの赤天使だ。

 大地を覆う黒から逃れるように高く飛び上がったそれは大地を見下ろして滞空する。

 しかし、その赤天使に向けて、黒が伸びあがった。

 意思を持つように、赤天使に真っ直ぐ伸びあがるそれは、塀を這い覆い辺りのもの全てに絡みつく蔦のように見える。

 赤天使が両鎌を振りかぶる。

 赤天使自身の身長と同程度の柄を持つ二振りの鎌が、軽々と持ち上げられ、半月に似た刃が天を仰ぎ、伸びあがる黒に、振り下ろされた。

 赤い刃が鎌から放たれ、黒を切り裂く。

 しかし、切り裂かれた黒は何事も無かったかのように元に戻り、赤天使を襲う。

 赤い翼に、赤い鎌に、赤い衣に、黒が絡みつく。

 深い海の底、獲物を捕食する軟体生物の食腕のように。

 濃淡の無い漆黒が次々に集まり絡みつき、赤天使の動きを封じていく。

 ついには、翼の先まで飲み込んで、黒い球体となったそれは、地面を覆った黒に飲み込まれた。

『この天使、どうする?』

 それは、余りにも呆気ない捕縛劇だった。

「……取り敢えず、抵抗出来ぬように動きを封じて武器を奪え」

『心得た』

 何事も無かったように返ってくる悪魔の言葉に、王は息を吐き出した。

 人間を枯草のように薙ぎ払う天使を、然程の時もかけずに捕まえてしまった。

 戦死して逝った命の多さに対して、容易すぎた捕縛。

 悪魔の力が底知れぬのか、それとも人の力があまりにも足りぬのか。

『闘獣の檻があったな……そこに入れるゆえ、見に来ると良い。

……この天使、面白いぞ』

 一体何が面白いと言うのだろう。

 闘獣は獅子、狼、熊の三種で戦闘用に調教したものだ。

 対人戦においては非常に有用な攻撃力となりうるのだが、空を舞う対天使戦ではあまり期待も出来ず、それでも無いよりマシかと放ったのだ。

 しかし、天使の法術にやられたか、赤天使の刃の餌食となったか、それとも野に還ったか。

 獣達は一頭も帰ってきていない。

 高台の崖下に並ぶ檻を見下ろせば、その一つが黒い球体に覆われている。

 見つめている内にその球体はまるで花が咲くように開きほどけ、赤い天使が一翼、檻の中に残された。

 翼も、髪も、衣も、全てが赤い天使。

 同時に、非常に強烈な血臭が王の鼻腔を衝いた。

 戦場から風に乗って届く臭いとは段違いで、比べ物にもならない。

 近しい従者すら無いのを良いことに、王は不快を隠さず顔に浮かべ、それでも天使を見るべく高台の崖下に降りる道を歩き始めた。

 血臭は天使が入れられた檻に近付くに連れて強くなる。

 濃くなる不快な臭いに王は堪らず自らのマントを持ち上げ鼻を覆った。

 しかし、それも気休めにしかならない。

 檻の前に辿り着く頃には、血臭に当てられ酷い頭痛に見舞われる。

 黒い何かで翼ごと戒められた天使は、目の前に立つ王を見つめこそすれ戒めに抗うこともない。

 臭いの原因は言わずもがな、天使だった。

 赤い天使の、その赤は、血によるものだった。

 その天使を中心に血溜まりが広がっている。

「血の穢れを……厭わない、のか?」

 天使の体内に、人間のような赤い血は存在しない。

 天使を汚す全ての血は、人間の体から流れた返り血なのだ。

「けがれ……?」

 漏らされた問い掛けは、檻の中から。

 酷くたどたどしい幼い声が、鼓膜を揺らす。

 赤い双眸が王を見つめ、その首が傾ぐ。

「血の穢れを厭わぬどころか、知らぬようだな」

 檻の影が膨れ上がり、悪魔が姿を現す。

 王の隣に居並んで、悪魔も檻の中の天使を見つめる。

 同時にその口から告げられた言葉に、王は眉間に深い皺を刻み、眉尻を吊り上げた。

「理解はできるが、有り得ん……」

 天使が降り注ぐ血を気にかけることなく戦い続けるなど、本来なら不可能だ。

 天使が穢れを厭うのは生理現象であり、天使の本能。

 だというのに、この天使は。

「ここに連れてくる間も、自ら血を払うこともせなんだ。

面白いだろう?」

「……」

 本来の色が何色なのかさえ分からぬほどに血染めされた髪から、翼から、衣から、血の雫が幾つも落ち、止まらない。

 どれだけの人を切り伏せたのか。

「かみさま、まもるの」

 赤い瞳は、射抜くように王を真っ直ぐ見つめ。

「よくから、まもるの」

 次の瞬間。

「!」

 天使の瞳が、ゆらりときらめいたかと思うと同時に。

 天使を中心に広がっていた血溜まりから、血色をした無数の小刀が、王に向けて飛び出した。

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