↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅残光 〜散りゆく花は神をも斬る〜  作者: 柚子胡椒
紅残光 一刀流 異聞録 第一章 紅い残光の噂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/23

第八話 繭に沈む忘れられた村

〜旅立ちの朝〜

葛幕村を発ってから、しばらくの時間が過ぎていた。

春の陽光が木々の隙間から差し込み、街道沿いの草花を照らしている。

緋月桜花は愛刀・桜蕾を腰に携え、その隣を白峰こはくと白夜が歩いていた。

「いやあ〜昨日はいっぱい食べたねえ!」

白夜が満足そうにお腹をさする。

「白夜さん、菊子さんのお料理がよほどお気に召したのですね」

「もちろん! また食べに行きたいくらい!」

「ふふっ。私も、あのように温かな食卓は好きです」

桜花が微笑むと、こはくも頷いた。

「長兵衛さんも菊子さんも、素敵な方々でしたね。杏音さんも親切でしたし……。あの村の皆さんには、またお会いしたいです」

「うんうん! あたしも!」

三人は、葛幕村で過ごした時間を思い返しながら歩いていた。

やがて、道が二手に分かれる場所へ差しかかった。

そこには、道を示す古びた木の標識が立っている。

桜花は立ち止まり、標識に目を向けた。

「次の村は……こちらのようですね」

「おっ、今度はちゃんと道が分かったんだ!」

白夜が感心したように声を上げる。

「白夜さん。私も、いつも迷っているわけではありませんよ?」

「えー、ほんとかなあ?」

「本当です」

桜花は穏やかな笑みを浮かべたまま、示された道へと足を向けた。

こはくもその後に続く。

三人はまだ知らなかった。

この道の先に、村人たちの声も、炊事の煙も、暮らしの温もりも失われた場所が待っていることを。

〜静まり返った村〜

道を進むにつれ、周囲の様子が少しずつ変わっていった。

先ほどまで聞こえていた鳥のさえずりが、いつの間にか遠のいている。

風は吹いている。

草木も揺れている。

それなのに、不思議なほど音が少なかった。

「……ねえ。なんか、静かすぎない?」

白夜が耳を動かした。

「確かに……。人の気配がありませんね」

こはくも周囲を見渡す。

やがて、木々の向こうに家々の屋根が見えてきた。

村だった。

だが、三人が近づいても、人の姿は見当たらない。

家の戸は開いたままになっている。

道には、長い間手入れされていない草が伸びていた。

畑も荒れ、家の軒先には蜘蛛の糸のような白いものが幾重にも絡みついている。

「……ここ、本当に村なの?」

白夜の声から、いつもの明るさが薄れていた。

桜花は腰の桜蕾にそっと手を添え、注意深く周囲を見た。

「人が暮らしていた痕跡はあります。ですが……」

言葉を切り、村の奥へ目を向ける。

「今は、誰も暮らしていないようですね」

「廃村、でしょうか……」

こはくが呟いた。

そのときだった。

「……っ、二人とも」

桜花の声が、わずかに低くなる。

道の先に、白い塊が見えた。

一つではない。

二つ、三つ。

さらに奥へ視線を向ければ、いくつもの繭が家々の軒先や木々の間にぶら下がっていた。

その大きさは、人間一人をすっぽりと包み込めるほどだった。

「何、あれ……?」

白夜の耳がぴたりと止まる。

こはくも息を呑んだ。

繭は、村の至るところにあった。

家の中にも。

道端にも。

崩れかけた納屋の軒下にも。

そのどれもが、白く粘り気のある糸で幾重にも覆われている。

そして、その一つから。

ぽたり、と。

何かが地面に落ちる音がした。

三人は、ゆっくりと視線を向けた。

〜繭を啜るもの〜

村の奥。

半ば崩れた家屋の前に、それはいた。

人間とは異なる姿。

長い脚。

不自然なほど大きな身体。

その周囲には蜘蛛の糸が張り巡らされ、幾重にも重なった繭が吊り下げられている。

女郎蜘蛛だった。

女郎蜘蛛は繭の一つを抱え込むようにして、そこから滴る液を啜っていた。

ぴちゃり。

ぴちゃり。

静まり返った村に、その音だけが響いている。

その様子を目にした瞬間、白夜の表情から笑みが消えた。

「……あれ、何してるの?」

こはくは答えなかった。

答えられなかった。

繭の中に何がいるのか。

考えたくはなかった。

しかし、繭の大きさは、人間を包み込むのに十分だった。

桜花は一歩、前へ出た。

「……そこにいるのは、妖怪ですね」

女郎蜘蛛の動きが止まった。

ゆっくりと顔が持ち上がる。

その眼が、三人を捉えた。

「――――」

言葉はない。

ただ、口元から糸が垂れ、身体がわずかに揺れている。

桜花は相手の様子を見据えた。

外見だけで、狂乱化しているかどうかを見分けることは難しい。

けれど、この村の惨状と、目の前の光景。

それだけで、十分だった。

「こはくさん、白夜さん。どうか、私の後ろへ」

「桜花……」

白夜が彼女の名を呼ぶ。

その声には、いつもの軽さがなかった。

「うん。分かった」

こはくも静かに頷き、二人は桜花の後ろへ下がった。

桜花は桜蕾の柄に手をかける。

「……これ以上、好きにはさせません」

女郎蜘蛛の口元が、大きく開いた。

次の瞬間。

無数の糸が、三人へ向かって放たれた。

〜朝日を羨む宵の花〜

「来ます!」

こはくの声と同時に、白い糸が地面を走った。

桜花は迷わず桜蕾を抜く。

鞘から滑り出した刀身が、淡い桜色を帯びた。

「――参之型」

桜花の姿が、動いた。

「朝日を羨む宵の花。」

刃が閃く。

迫り来る糸の間を、鋭く、速く抜ける一太刀。

桜花は繭を傷つけないよう、糸の張られた箇所を見極めながら斬り払った。

切断された糸が、力を失って地面へ落ちる。

だが、女郎蜘蛛は止まらなかった。

間髪を入れず、別の糸が桜花の足元へ伸びる。

桜花は身体をひねってかわし、距離を取った。

「……思った以上に、糸の数が多いですね」

女郎蜘蛛の脚が動く。

その巨体が、地面を滑るように迫ってきた。

「桜花、後ろ!」

白夜の声が響く。

桜花が振り返ると、背後からも糸が迫っていた。

前方には女郎蜘蛛。

後方には繭から伸びる無数の糸。

逃げ道を塞ぐように、村のあちこちから白い糸が絡み合っていく。

女郎蜘蛛は、獲物を繭に閉じ込めるため、村全体を糸で覆っていたのだ。

桜花は目を細めた。

「……なるほど。周囲一帯を、自分の狩場にしているのですね」

「そんなこと言ってる場合!?」

白夜が声を上げる。

「大丈夫です」

桜花は落ち着いた声で答えた。

「まだ、こちらの手がありますから」

〜日の光に咲く森の花〜

女郎蜘蛛の糸が、一斉に襲いかかる。

桜花はその動きを見極め、桜蕾を構え直した。

「――陸之型」

一瞬、風が止んだように見えた。

「日の光に咲く森の花。」

桜花の刃が、しなやかに走る。

一方向へ進むだけではない。

軌道を変えながら、迫る糸を次々と斬り払っていく。

まるで森の中に咲く花が、木漏れ日の下で揺れるように。

優雅でありながら、動きは鋭い。

桜花は糸の密集する場所を避け、足場を確保しながら前へ進んだ。

「すごい……!」

こはくが思わず呟いた。

「壱之型とは、また違う……。流れるような剣筋ですね」

「桜花、かっこいいじゃん!」

白夜も目を輝かせた。

だが、女郎蜘蛛はその間にも新たな糸を生み出していた。

切られた糸の向こうから、さらに別の糸が伸びる。

いくら斬っても、包囲が完全には崩れない。

「……きりがありませんね」

桜花は小さく息を吐いた。

女郎蜘蛛が、身体を大きく揺らす。

その動きに合わせて、周囲の糸が一斉に引かれた。

村中の繭が、かすかに揺れる。

桜花の目が細くなる。

「……っ!」

次の瞬間、女郎蜘蛛は大量の糸を束ね、桜花の身体を包み込むように放った。

避けるには、間合いが近すぎる。

糸が、桜花の腕へと迫った。

しかし。

桜花は、あえて退かなかった。

――彰のように光る青柳

糸が触れる、その寸前。

桜花の身体から、余分な力が抜けた。

「――玖之型」

桜蕾の刃が、わずかに動く。

「彰のように光る青柳。」

正面から糸を受け止めるのではない。

流れを見極め、力を逸らし、身をかわす。

柳の枝が風を受け流すように、桜花は迫る糸を柔らかく捌いた。

束ねられた糸が、彼女の身体を捉えきれず、横へと流れていく。

その一瞬。

女郎蜘蛛の動きに、わずかな隙が生まれた。

桜花はそれを見逃さなかった。

刃を引き、静かに構え直す。

「……そこですね」

女郎蜘蛛が、再び脚を動かす。

だが、桜花の視線はすでに、その動きを捉えていた。

力任せに斬るのではない。

相手の動きを読み、必要な瞬間に刃を届かせる。

それもまた、紅残光 一刀流の技だった。

白夜が息を呑む。

「……桜花、いつもと違う」

「ええ……」

こはくも、桜花の剣を見つめていた。

「相手の動きを利用しているんですね」

桜花は答えず、女郎蜘蛛を見据えた。

まだ、戦いは終わっていない。

――繭の奥にあるもの

女郎蜘蛛が後退した。

その身体が、村の奥にある大きな繭のそばへと移動する。

そして、繭を庇うように脚を広げた。

桜花は、その行動を見逃さなかった。

「……あの繭を、守っている?」

女郎蜘蛛の口元から、再び液が滴る。

それを見て、白夜が顔をしかめた。

「ねえ……。あの中、本当に人がいるんじゃないの?」

誰も、すぐには答えられなかった。

桜花は桜蕾を構えたまま、静かに言った。

「……確かめる必要がありますね」

「でも、近づいたらまた糸が……!」

こはくが言いかけた、そのとき。

女郎蜘蛛の脚が、地面を強く叩いた。

無数の糸が再び広がり、桜花たちの足元を覆っていく。

女郎蜘蛛は、三人を逃がすつもりがないらしい。

桜花は息を整え、刀を握る手に力を込めた。

「こはくさん、白夜さん。どうか、十分に気をつけてください」

「うん!」

「分かりました!」

二人が応じる。

桜花は一歩、前へ進んだ。

その眼差しに、迷いはなかった。

この村で何が起きたのか。

繭の中に何があるのか。

そして、目の前の妖怪が何者なのか。

それを確かめるためにも、まずはこの戦いを終わらせなければならない。

桜蕾の刀身が、淡い紅を帯びて輝いた。

静かな廃村に、再び剣戟の気配が満ちていく。

――戦いは、まだ始まったばかりだった。

第八話楽しんで頂けたでしょうか?

ここで読者様に妖怪や狂乱化についての情報を共有します。

・妖怪は1個体だけではなく、種族として多数存在している。だが、基本妖怪は群れることはなく、単独で暮らしているのが殆ど

・名前について、妖怪は個人名はなく女郎蜘蛛なら女郎蜘蛛と妖怪名として呼ばれている。名付けは人間に近づく行為として妖怪内でも意見が分かれている

・狂乱化について、理性を失う方と失わず狂乱妖怪として進化するのに別れている。今回の女郎蜘蛛は進化個体

・狂乱化は見た目だけでは判断しづらい

・狂乱化とは.... おっと、誰か来たようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。