第六話 旅路に咲く小さな縁
〜春の道をゆく三人ー
白峰神社を出発してから、しばらく。
山道を抜けた先には、柔らかな春の日差しに包まれた街道が続いていた。
道の脇には名も知らぬ花が咲き、風が吹くたびに若葉がさらさらと音を立てる。
「わあ〜いい景色!」
白夜は弾むような足取りで歩きながら、道端の花に目を向けた。
「ねえ、桜花! あっちにも花が咲いてるよ!」
「本当ですね 春らしくて、とても綺麗です。」
桜花は微笑み、花々を眺めた。
その隣では、こはくが小さく息をついている。
「お二人とも、景色を楽しむのはよいのですが、あまり道から離れないでくださいね」
「はーい!」
元気よく返事をする白夜。
桜花も穏やかにうなずいた。
「承知いたしました。こはくさんも、何か気になるものがございましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます。ですが、まずは道に迷わず進むことを目標にしましょうか」
「……こはくさんまで、私を信用してくださらないのですか?」
「いえ。桜花さんを信頼しているからこそ、念のためです」
「それって、信用してないってことじゃない?」
「白夜さん?」
「は〜い、なんでもないで〜す!」
白夜は笑いながら、桜花の少し前を駆けていった。
春の街道には、三人の楽しげな声が響いていた。
〜道端の旅人〜
しばらく歩いていると、街道の脇に一人の旅人が立っているのが見えた。
旅人は背負った荷物を下ろし、街道の先と手元の地図を交互に見比べている。
どうやら、道を確認しているらしい。
「……少し、お困りのようですね」
桜花が足を止めた。
「声をかけてみる?」
白夜が尋ねる。
「はい。もしお手伝いできることがあればと思いまして」
桜花は旅人のもとへ歩み寄り、丁寧に頭を下げた。
「突然申し訳ありません。何かお困りでしょうか?」
旅人は顔を上げ、少し驚いた様子を見せたあと、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。実は、この先の道について少々迷っておりまして....」
「道ですか?」
「ええ。地図では、この先に小さな町があるはずなのですが……」
旅人は手元の地図を広げた。
桜花とこはくも、その地図をのぞき込む。
「なるほど。この街道を進んだ先に町があるのですね」
「そう記されているのですが、分かれ道があるようでして。どちらへ進めばよいものかと」
「それでしたら……」
桜花は地図をじっと見つめた。
白夜が横から顔を出す。
「桜花、分かるの?」
「……少々、お待ちくださいね」
桜花は真剣な面持ちで地図を確認する。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「申し訳ありません。私にも、正確な道筋までは分かりかねます」
「ええっ!?」
白夜が思わず声を上げた。
「桜花、道を教えてあげるんじゃなかったの?」
「地図を拝見すれば、分かるかもしれないと思ったのですが……。私も、この辺りには詳しくありませんので」
「そっかぁ……」
白夜は肩を落とした。
その様子を見て、旅人はくすりと笑った。
「いえいえ。わざわざ声をかけてくださっただけでもありがたいことです」
「そう言っていただけると助かります」
桜花はほっとしたように微笑んだ。
すると、こはくが地図の一点を指さした。
「この道なら、私も以前に聞いたことがあります。確かな案内まではできませんが、近くに人が通る場所があれば、尋ねてみるのもよいかもしれません」
「なるほど。それはよい考えですね」
旅人はうなずき、地図を丁寧に畳んだ。
「皆さん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。どうか、お気をつけて」
桜花が頭を下げると、旅人も礼を返した。
ほんの短い出会いだった。
けれど、旅人の表情には、先ほどまでの不安が少し和らいだような明るさが戻っていた。
〜旅人が教えてくれたこと〜
旅人と別れたあと、三人は再び街道を歩き始めた。
「結局、道は教えられなかったね」
白夜が言う。
「そうですね。お役に立てたかどうかは分かりませんが……」
桜花は少し考え、それから微笑んだ。
「それでも、声をかけてよかったと思います」
「どうして?」
「困っているとき、誰かが声をかけてくれるだけでも心強いことがありますから」
白夜は一度まばたきをしてから、にっこり笑った。
「そっか! じゃあ、私も困ってる人を見つけたら声をかける!」
「ふふっ。白夜さんらしいですね」
「なにそれ?」
「いえ、とても素敵なことだと思います」
桜花が答えると、白夜は満足そうに胸を張った。
「でしょー?」
こはくも二人を見ながら、柔らかく微笑んだ。
「誰かの役に立てることは、必ずしも大きなことでなくてもよいのですね」
「はい。私もそう思います」
桜花は春の空を見上げた。
剣を振るうことだけが、自分にできることではない。
誰かの話に耳を傾けること。
困っている人に声をかけること。
そうした小さな行いもまた、旅の中で大切にしていきたい。
桜花は、そんなことを思った。
〜その先に待つもの〜
やがて、街道の先に小さな分かれ道が見えてきた。
片方は木々の間を抜ける道。
もう片方は、緩やかな坂を下っていく道だった。
「……どちらでしょう?」
桜花が立ち止まった。
白夜が、ゆっくりと振り返る。
「桜花?」
「はい?」
「まさかとは思うけど……」
「大丈夫です。今回はまだ迷っておりませんよ」
「まだ、って言った!」
白夜が声を上げ、こはくは思わず笑みを浮かべた。
「ふふっ。ひとまず、道標を探してみましょうか」
「そうですね。皆さんで確認すれば、きっと分かると思います」
桜花は穏やかにうなずいた。
三人は分かれ道のそばを歩き、周囲に道標がないか探し始める。
そのとき、木々の向こうから、風に乗ってかすかな人の声が聞こえてきた。
「……あちらでしょうか?」
「行ってみようよ!」
白夜が声のしたほうを指さす。
「そうですね。ただ、どなたかいらっしゃるのでしたら、まずはご挨拶をいたしましょう」
桜花はそう言って、二人とともに歩き出した。
その先に何が待っているのか、まだ誰も知らない。
新たな出会いかもしれない。
思いがけない景色かもしれない。
あるいは、今まで知らなかった土地の暮らしに触れることになるのかもしれない。
春の風は、三人の背中を優しく押していた。
桜花は桜蕾を携え、二人の隣を歩いていく。
剣の謎を追う旅は、まだ続いている。
けれど、その道の途中には、まだ知らない人々との縁や、何気ない日常が待っているのだろう。
そう思うと、次の一歩が少しだけ楽しみになった。
彼女の旅はまだ続く・・・
第6話楽しんで貰えたでしょうか?
それでは人物紹介に移ります
白峰こはく(しらみね こはく)
* 立場:白峰神社の巫女
* 年齢:19
性格・人物像
* 神社の古文書や伝承に関する知識を持つ。
* 桜花に紅残光 一刀流の歴史を伝える。
* 桜花や白夜のやり取りに困惑する場面もある。
知識・能力
* 桜蕾が数百年前に失われた刀とされていることを知っている。
* 神々の争いを止めた人間の剣士に関する古文書を知っている。
* 山神に関する知識を持つ。
次回お楽しみに〜




