第四話 古文書に眠る十一番目
〜神々の戦場ー
山神の社には、朝の柔らかな光が差し込んでいた。
社の周囲には、風に揺れた桜の花びらが静かに舞っている。
その穏やかな景色とは対照的に、社の一室では三人が一冊の古文書を囲んでいた。
机の上に広げられているのは、山神が見せてくれた古い記録。
長い年月を経た紙は黄ばみ、ところどころ文字がかすれている。
中には、何が書かれていたのかさえ分からないほど傷んだページもあった。
緋月桜花は、古文書の文字を一つずつ丁寧に追っていた。
「……やはり、かなり古い時代の記録なのですね」
「そうだ。今では文字の読み方すら失われたものもある」
向かいに座る山神は、湯呑みを手にしながら答えた。
「じゃあ、これを全部読むのってかなり時間がかかるんじゃない?」
白夜が隣から古文書を覗き込む。
白い髪の間から伸びる二本の狐耳が、興味深そうにぴくりと動いた。
「そうですね。ですがせっかく見せていただいたのですから、できる限り読み解きたいと思います。」
桜花は微笑み、再び古文書へ目を落とした。
その隣で、白峰こはくも別の頁を確認している。
「桜花さん。こちらには、神々の争いについて書かれているようです...」
「神々の争い……ですか?」
「はい。かなり昔のことのようですが……」
こはくは、文字のかすれた一節を指で示した。
そこには、神々が互いの力をぶつけ合い、大地を揺るがすほどの戦いを繰り広げた時代について記されていた。
そして、その争いを終わらせた存在についても。
―人の身にして、神々の戦場に立つ者あり。
―その者、剣を抜き、ただ一太刀をもって争いを鎮めたり。
桜花は、思わず文字を見つめた。
「……一太刀で、神々の争いを鎮めたのですか」
「そう読めるね。すごい剣士だったんだろうなあ」
白夜が感心したように呟く。
しかし、桜花はすぐには答えなかった。
神々の戦いを終わらせるほどの剣技。
それが単なる誇張ではないのなら、いったいどれほどの技量が必要だったのだろう。
そして、その剣士は――。
「……この人物が、紅残光 一刀流を使っていたのでしょうか...」
桜花の言葉に、こはくが顔を上げた。
「その可能性はあると思います。ですが...流派の名前が記されている部分は残念ながら失われているようです...!」
「そうですか……」
桜花は静かに息をついた。
手元にある愛刀、桜蕾へ視線を向ける。
鞘に収まった刀は、いつもと変わらず静かだった。
それでも、桜花には不思議な感覚があった。
まるで、この古文書に書かれた何かが、桜蕾と深く関係しているかのような―。
〜十にして終わらず〜
しばらくして、桜花は古文書の別の頁に目を留めた。
そこには、以前にも見たことのある言葉が記されていた。
「……『十の型は、十にして終わるにあらず』」
その一文を聞き、白夜が身を乗り出した。
「あっ、それって、前に桜花の刀に浮かび上がった文字と同じじゃない?」
「はい。間違いありません」
桜花は、桜蕾の柄にそっと手を添えた。
白峰神社で刀が淡く光ったとき、隠されていた文字が浮かび上がった。
あのときから、桜花の胸には小さな疑問が残り続けている。
紅残光 一刀流には、十の型がある。
少なくとも、桜花がこれまで学び、身につけてきた技は十の型までだった。
だが、古文書は告げている。
十の型は、十にして終わらず。
「十の型で終わらないのであれば……その先にも、何かがあるということなのでしょうか」
「十一番目の型がある、とか?」
白夜が何気なく口にした。
桜花は、すぐには答えなかった。
十一番目の型。
その響きは、どこか不思議な重みを持っていた。
しかし、山神は湯呑みを置くと、静かに口を開いた。
「早まるな。『十にして終わらず』という言葉が、必ずしも十一番目の型を意味するとは限らない」
「……おっしゃるとおりですね」
桜花は素直に頷いた。
「言葉の意味を確かめる前に、答えを決めつけてはいけませんね」
「おや?珍しく素直じゃないか、桜花」
「私はいつも素直ですよ。白夜」
「え〜? 道に迷ったときは、道のほうが間違ってるって言うのに?」
「……それとこれとは、別のお話です。」
桜花が穏やかに答えると、こはくが小さく笑った。
山神も、口元にわずかな笑みを浮かべる。
古文書を囲む部屋に、束の間の和やかな空気が流れた。
だが、その空気は次の一節によって変わることになる。
桜花がページをめくった、そのときだった。
「……こちらにも、文章が続いています」
彼女の指先が、かすれた文字の上で止まった。
そこに記されていたのは、先ほどの一文に続く言葉だった。
―最後の型を知る者、決してその名を口にするな。
白夜の耳が、ぴたりと止まった。
「……え? 名前を口にするなって、どういうこと?」
「分かりません。ですが...単に秘伝として隠しているだけなら、このような書き方をする必要はないように思います。」
桜花は、慎重に文字を見つめた。
技の名前を隠す理由。
その技を知ること自体が危険なのか。
あるいは、名前を口にすることに何らかの意味があるのか。
今の桜花には、判断できなかった。
「この先の記録には、何か残っていないのでしょうか……」
彼女がページをめくろうとした、その瞬間。
―スッ。
微かな音が、部屋の外から聞こえた。
桜花の指が止まる。
白夜が振り返り、こはくも顔を上げた。
山神だけは、湯呑みを手にしたまま、何も言わなかった。
そして。
「ずいぶんと熱心に調べているようだな」
聞き覚えのある声が、静かな部屋に響いた。
〜再び現れた黒衣の剣士〜
部屋の入口に、一人の男が立っていた。
黒い衣をまとい、腰には一振りの刀を差している。
その姿を見た瞬間、桜花は静かに目を細めた。
「……あなたは、あのときの」
白峰神社で出会った、黒衣の男。
結界を破るでもなく、ただ歩み入るだけで境内へ侵入し、桜花の壱之型を容易く受け止めた人物だ。
あのとき、桜花には男がいつ刀を抜いたのかさえ見えなかった。
「またお会いするとは思いませんでした。」
桜花は立ち上がり、男へ向き直った。
「以前、私の剣について何かをご存じのようでしたが……あなたはいったい、何者なのですか?」
男は質問に答えなかった。
代わりに、机の上に広げられた古文書へ視線を向ける。
「それを読んでいるのか」
「はい。紅残光 一刀流について、何か分かることがあるのではないかと思いまして」
「なるほど」
男は古文書を一瞥し、薄く笑った。
「だが、そこに書かれていることを読んだところで、お前が本当に知りたいものには届かない」
桜花は、わずかに眉を動かした。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「お前は十の型を知っている。型の名前も、その動きも、身につけているのだろう」
男は桜花の腰にある桜蕾へ目を向けた。
「だが、それだけで紅残光 一刀流を知ったことになるのか?」
静かな問いだった。
けれど、その言葉は桜花の胸に深く残った。
桜花は、すぐに反論しなかった。
自分が学んできた技。
師から受け継いだもの。
繰り返し鍛錬し、ようやく身につけた十の型。
それらが間違っているとは思わない。
だが、男の言葉を否定できるほど、紅残光 一刀流のすべてを知っているわけでもなかった。
「……確かに、私はまだ、この流派のすべてを知っているわけではありません」
桜花は静かに答えた。
「だからこそ、こうして調べているのです」
男の目が、わずかに細くなった。
「ならば、一つ確かめてみるか」
「確かめる、とは……?」
男は、ゆっくりと刀の柄に手を添えた。
「お前が本当に、紅残光 一刀流を理解しているのか。それを確かめる」
白夜が、桜花の隣で警戒するように身構えた。
「ちょっと。いきなり何をするつもり?」
「心配はいらない。少し、剣を交えるだけだ」
「それを心配するんだけど!」
白夜の声が響く。
桜花はそんな白夜に、穏やかな視線を向けた。
「白夜、大丈夫ですよ。ですが……」
再び男へ向き直る。
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「私が知らないものを知っているのであれば、どうか、それを見せていただけませんか。あなたの剣から学べることがあるのなら、私はそれを知りたいのです」
男はしばらく桜花を見つめていた。
やがて、ほんのわずかに口元を緩める。
「……いいだろう」
〜見えざる一閃〜
二人は社の外へ出た。
桜の木々に囲まれた境内には、朝の風が吹き抜けている。
舞い落ちる花びらが、二人の間をゆっくりと横切った。
桜花は男から一定の距離を取り、静かに立つ。
右手を桜蕾の柄へ添えた。
呼吸を整える。
余計な力を抜き、相手の動きを見極める。
これまで幾度となく繰り返してきた、紅残光 一刀流の構え。
「……いつでも、どうぞ」
桜花の声は落ち着いていた。
男は刀の柄に手を添えたまま、動かない。
風が吹く。
花びらが舞う。
その瞬間だった。
―キン。
微かな金属音が響いた。
桜花の目が見開かれる。
男は、すでに刀を構えていた。
いつ抜いたのか。
どのように動いたのか。
桜花には、その過程がまったく見えなかった。
それでも、桜花の身体は反応していた。
桜蕾の柄を握る手に、力がこもる。
遅れて、刀身が鞘の内側でかすかに鳴った。
「……今のは……」
男は刀を静かに収める。
「見えなかったか」
桜花は、すぐには答えられなかった。
見えなかった。
ただ速かったというだけではない。
速さを捉えようとした、その瞬間には、すでに結果だけが目の前にあったのだ。
「……はい。剣を抜いた瞬間が、まったく見えませんでした」
桜花は正直に答えた。
「私の知る紅残光 一刀流とは、何かが違うように思います」
「違う、か」
男は小さく呟いた。
「お前は、紅残光を何だと思っている?」
桜花は考えた。
紅残光。
抜刀の一瞬に生まれる、紅い残光。
静と動。
そして、斬った後に訪れる静寂。
それが桜花の知る紅残光 一刀流だった。
「……一瞬の動きにすべてを込め、斬った後には静寂だけを残す剣。私は、そのように理解しています」
「ならば、お前が見ているのは、残された光だけなのかもしれないな」
男の言葉に、桜花は息を呑んだ。
「……残された、光……」
「紅残光という名に囚われるな。目に見えるものだけが、その剣のすべてとは限らない」
男はそれ以上、何も語らなかった。
桜花は、男の言葉を心の中で繰り返す。
目に見えるものだけが、すべてではない。
それは、古文書に記されていた謎とも、どこか繋がっているように思えた。
「……ありがとうございます」
桜花は静かに頭を下げた。
「今のお言葉、忘れないようにいたします」
「礼を言うのはまだ早い」
男は背を向けた。
「お前が本当にその意味を理解したとき、もう一度会うことになるだろう」
「お待ちください。せめて、お名前だけでも・・・」
桜花が呼び止める。
だが、男は振り返らなかった。
数歩進んだところで、その姿は木々の向こうへ消えていった。
まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
〜まだ知らない剣の道〜
しばらくの間、桜花は男が消えた場所を見つめていた。
「……また、行っちゃったね」
白夜が隣へやってくる。
「そうですね」
「結局、名前も教えてくれなかったし。何者なんだろう、あの人」
「分かりません。ですが、紅残光 一刀流について、私の知らないことを知っているのは確かなようです」
桜花は、腰の桜蕾へそっと手を添えた。
刀身は鞘に収まり、いつもどおり静かだった。
けれど、先ほどの一瞬が脳裏から離れない。
あの剣は、ただ速かったのではない。
桜花が見ているものとは、根本から違っていたのかもしれない。
「桜花さん」
こはくが声をかけた。
「先ほどの古文書ですが、もう一つ気になることがあります。」
「何でしょうか?」
「『最後の型を知る者、決してその名を口にするな』という一文です。あの剣士が話していたことと、何か関係があるのかもしれません」
「……そうですね」
桜花は頷いた。
「まだ分からないことばかりですが、調べていけば、少しずつ答えに近づけるかもしれません」
山神は社の縁側から、三人の様子を眺めていた。
「剣の道とは、技を覚えればそれで終わりというものではない。己が知っていると思っていたことを疑うのも、時には必要だ。」
「はい。肝に銘じておきます」
桜花は、山神へ丁寧に頭を下げた。
その表情には、迷いだけではなく、新たな決意も浮かんでいた。
紅残光 一刀流。
十の型。
そして、十一番目と呼ばれるかもしれない、未知の何か。
それらが何を意味するのか、今はまだ分からない。
けれど、桜花は歩みを止めるつもりはなかった。
たとえ、その先に何が待っていたとしても。
「……もう少し、調べてみる必要がありそうですね」
春風が吹き抜ける。
桜花の黒髪が揺れ、桜蕾の鞘に一枚の花びらが舞い降りた。
そのとき、刀の奥で、ほんの一瞬だけ紅い光が瞬いた。
誰にも気づかれないほど、淡く。
まるで、まだ目覚めぬ何かが、静かに息づいているかのように。
彼女の旅はまだ続く・・・
第4話楽しんで頂けたかな?
そろそろネタが無くなってきた! そこでしばらくあとがきは人物紹介に移ろうかな? すごい中途半端だけど数人出た辺りからの方がいいからいいタイミングだと思うことにした。 ではまず主人公から
1. 緋月桜花
* 立場:放浪の剣士
* 愛刀:桜蕾
* 使用流派:紅残光 一刀流
* 年齢:19
* 身長:169
* 誕生日:5月13日
* 出身地:???
性格・人物像
* 剣士として高い実力を持つ。
* 旅先で事件や不思議な出来事に遭遇し、調査や解決に関わる。
* 道に迷いやすく、方向音痴を指摘されても独特の言い訳をする。
* 戦闘時の静かな佇まいと、日常で見せる少し抜けた一面との対比が特徴。
戦闘能力
紅残光 一刀流を扱う。
静寂から一瞬で斬撃を放ち、静かに納刀する剣術を得意とする。
愛刀・桜蕾は、研ぎ澄まされた剣気や抜刀の瞬間に刃がほんのり桜色、または紅色に染まる。
次回お楽しみに〜




