第二十三話 秘密をば 語らぬ妖狐 口閉ざす
〜口を閉ざす妖狐〜
街道脇の森には、木々の葉が風に揺れる音だけが静かに響いていた。
商人たちから盗まれた荷を前に、複数の子狐たちが身を寄せ合っている。
その周囲には、緋月桜花、白峰こはく、白夜の三人がいた。
子狐たちは、先ほどまで逃げようと警戒していたものの、三人が無理に追い詰めてこないことを理解したのか、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
もっとも、完全に警戒を解いたわけではない。
桜花が一歩近づくだけでも、何匹かの子狐がびくりと身体を震わせる。
「……まずは、少しお話を聞かせてもらえませんか?」
桜花は膝を折り、子狐たちと目線を合わせるようにして尋ねた。
「どうして、商人の方々から荷物を盗んでいたのですか?」
子狐たちは互いの顔を見合わせた。
しかし、誰も答えようとはしない。
やがて、一匹の子狐が小さく口を開いた。
「……おれたちが、やった」
「ええ。それは分かっています。ですが、何か理由があるのでしょう?」
「……別に」
その言葉を最後に、再び沈黙が訪れた。
こはくは子狐たちの様子を見つめながら、静かに口を開く。
「あなたたちは、これらの荷物を自分たちだけで運んでいたのですか?」
「……うん」
「それに、あの火も……誰かから教わったものではないのですね?」
子狐たちは少しだけ視線を落とした。
「……自分たちでやってる」
「そうですか」
こはくはそれ以上追及しなかった。
前に見せた狐火は、どれも不安定なものだった。
火を放とうとしても狙いが定まらず、途中で消えてしまうものもあれば、思いもよらない方向へ飛んでいくものもあった。
まだ幼い妖狐たちなのだろう。
白夜はそんな子狐たちを見つめていた。
「ねえ。あんたたち、まだ生まれてそんなに経ってないでしょ?」
「……だったら何?」
「いや、別に。狐火の扱いがまだまだだったからさ」
「うるさい!」
一匹の子狐が声を荒らげる。
しかし、白夜は気にする様子もなく、尻尾を揺らした。
「はいはい。怒らなくてもいいって。最初から上手くできるわけじゃないんだからさ」
「……白夜さん」
こはくが少し困ったように声をかける。
「分かってるって。別に馬鹿にしてるわけじゃないよ」
白夜は子狐たちへ向き直った。
「それよりさ。あんたたち、どうしてこんなことをしてるの?」
その問いに、子狐たちは再び口を閉ざした。
先ほどまでとは違う。
何かを言いかけて、思いとどまったような反応だった。
桜花はその変化を見逃さなかった。
「……誰かに頼まれたのですか?」
その瞬間だった。
子狐たちの身体が一斉に強張った。
「ち、違う!」
「誰にも頼まれてなんかない!」
「おれたちが勝手にやったんだ!」
慌てたように言葉を重ねる子狐たち。
だが、その反応はかえって不自然だった。
桜花は急かさず、静かに彼らを見つめる。
「そうですか。では、どうして今、それほど慌てたのですか?」
「……っ」
子狐たちは答えられなかった。
白夜も、先ほどまでの軽い調子を少しだけ改める。
「ねえ。あんたたち、本当は誰かに言われてやってるんじゃないの?」
「違う!」
「じゃあ、どうしてそんなに怖がってるのさ?」
「怖くなんかない!」
声を張り上げた子狐だったが、その身体は小さく震えていた。
その様子を見て、こはくがそっと桜花の方へ視線を向ける。
桜花もまた、子狐たちの反応から何かを察していた。
「……無理に話さなくても構いません」
桜花が穏やかに告げる。
「ただ、あなたたちが誰かに命じられているのなら、私たちはその相手についても知っておきたいのです」
「……なんで?」
一匹の子狐が、警戒するように尋ねた。
「あなたたちを助けるためです」
「助ける……?」
「はい。あなたたちが望んでいないことを、誰かに無理やりさせられているのなら、その状況を変えたいと思っています」
子狐たちは顔を見合わせた。
しかし、その表情に安堵はなかった。
むしろ、先ほどよりも不安が強くなったように見える。
「……そんなの、無理だよ」
小さな声だった。
「何が無理なのですか?」
「逆らったら……」
その子狐は言葉を止めた。
隣にいた子狐が、慌ててその口を塞ぐ。
「言うな!」
「でも……」
「言っちゃ駄目だ!」
二匹の間に緊張が走る。
ほかの子狐たちも、怯えた様子で周囲を見回していた。
まるで、ここで話したことが誰かに知られてしまうのを恐れているかのようだった。
桜花は、声を荒らげることなく尋ねた。
「……逆らえば、何か恐ろしいことが起きるのですね?」
子狐たちは答えない。
だが、その沈黙こそが答えだった。
こはくは表情を曇らせる。
「あなたたちは、その相手を恐れているのですね」
「……っ」
「だから、名前も話せない。そういうことですか?」
一匹の子狐が、ゆっくりとうつむいた。
「……怒られる」
「怒られるだけではないのでしょう?」
その問いに、子狐は小さく身体を震わせた。
「……分かんない。でも、逆らったら駄目なんだ」
「どうしてですか?」
「だって……怖いから」
それ以上、子狐は何も話さなかった。
白夜は静かに子狐たちを見つめていた。
普段の生意気な態度は影を潜め、二本の尾がゆっくりと揺れている。
「……そっか」
白夜は小さくつぶやいた。
「無理やり従わされてるんだね」
子狐たちは返事をしなかった。
ただ、白夜の言葉を否定することもなかった。
「だったら、なおさら放っておけないじゃん」
「白夜さん……」
こはくが声をかける。
白夜は一度こはくを見てから、再び子狐たちへ向き直った。
「別に、今すぐ全部話せなんて言わないよ。あんたたちが怖いって思ってるなら、無理に話さなくてもいい」
「……本当に?」
「うん。だけど、これだけは覚えておいて」
白夜は、いつもより少し落ち着いた声で続けた。
「ここには、あんたたちを無理やり従わせようとする奴はいない。少なくとも、あたしたちはそういうことをするつもりはないよ」
子狐たちは白夜を見つめた。
同じ妖狐である白夜の言葉は、彼らにとって少しだけ違って聞こえたのかもしれない。
それでも、恐怖がすぐに消えることはなかった。
「……信じられない」
一匹が小さく答えた。
「そっか。まあ、すぐに信じろって言われても無理だよね」
白夜は無理に笑わせようともせず、静かに頷いた。
桜花はその様子を見届けてから、子狐たちへ告げる。
「今は、これ以上聞くのはやめておきましょう」
「桜花さん、よろしいのですか?」
こはくが尋ねる。
「はい。これ以上問い詰めても、彼らを怯えさせてしまうだけでしょう。それに……」
桜花は子狐たちの姿を見つめた。
「彼らが恐れている相手について、確かめる必要があります」
「うん。あたしもそう思う」
白夜が頷く。
「ただの悪戯で荷物を盗んでるわけじゃない。誰かに命令されて、逆らえないからやってるんだ」
「そうですね。ですが、相手が誰なのかはまだ分かりません」
「……だったら、もう少し話してもらえるようにしないとね」
こはくは子狐たちへ視線を戻した。
「今は、少し休みましょう。お腹が空いている子もいるでしょうし」
そう言って、こはくは旅のために用意していた食料を取り出した。
子狐たちは警戒するようにそれを見つめる。
「よろしければ、どうぞ。お腹も空いているでしょう?」
子狐たちはしばらく迷っていたが、やがて一匹がそっと近づいた。
こはくが差し出した食べ物を受け取ると、警戒しながらも少しずつ口に運ぶ。
それを見たほかの子狐たちも、ようやく緊張を緩め始めた。
白夜はその様子を見ながら、二本の尾を揺らす。
「まったく。狐火の練習も、食べることも、まだまだこれからって感じだね」
「白夜さんも、昔はそうだったのでしょうか?」
こはくが尋ねる。
「そりゃあね。最初から何でもできる狐なんていないって」
「ふふ。そうですね」
そのやり取りを聞いていた桜花も、わずかに表情を和らげた。
だが、彼女たちの前にある問題が解決したわけではない。
盗まれた荷物は、まだ元の持ち主のもとへ戻っていない。
そして、子狐たちを従わせている存在も、依然として分からないままだった。
やがて、森の奥から風が吹き抜ける。
木々の葉が揺れ、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
桜花はその音に耳を傾けながら、静かに目を伏せる。
「……この子たちを従わせている者がいるのなら、必ず確かめなければなりませんね」
「うん。あたしも、あいつらをこのままにはできない」
白夜の声には、いつもの明るさとは違う決意が込められていた。
こはくもまた、静かに頷く。
三人は、子狐たちを無理に問い詰めることなく、まずは彼らの警戒を解くことにした。
その相手が何者なのか。
そして、なぜ幼い妖狐たちに盗みを命じているのか。
答えはまだ、森の奥に隠されたままだった。
今回の話はどうでした?
何も話さない妖狐、恐怖によって縛り付けられてる。これは妖怪だけでなく人間にもそう当てはめられるのではないでしょうか?
妖怪だからと決め付けずに同じ生きるものとして見てほしいものですね
次回もお楽しみに




